■52.渡る世間に悪はなし!(みんな正義を自称するため)(前)
ところが日本国環境省環境保全隊のプロパガンダ戦は、共和国東部を勢力圏とした議員連中や、バルディシエロ率いるエクラマ国防軍中部方面軍をいたずらに刺激する格好となった。
議員の誰もが突然の雑コラ攻勢に際し、これをきっかけに兵卒の人心、市井の民心が離れていくのではないかと恐れた。ならば未だ逃亡兵が出ていない内に軍を動かし、雌雄を決してしまおうと考えたのも道理であった。
「賊徒ユリーネが頼みとする日本国環境省環境保全隊は寡兵に過ぎない! そしてあのでたらめな紙爆弾を見たか? 日本国環境省は、彼らが想像していた以上の兵力を有する我々と直接戦いたくはないのだよ、臆病風に吹かれているのさ。加えて正義の側にいる我々に弓を引くことに、うしろめたさを覚えているんだろう」
議員連中は声高にそう叫び、バルディシエロに首都攻略を命じた。
エクラマ国防軍中部方面総監のバルディシエロもバルディシエロで、現実を見据えることが出来ていなかった。彼の戦略眼・戦術眼が注がれているその先は、ユリーネが率いる“エクラマ国防軍首都防衛軍”であって、日本国環境省環境保全隊ではない。
(ユリーネ麾下の連中は前線から舞い戻ってきたばかりだ、再編成や休息が必要な部隊が大半のはず。いまなら勝てる。それにもともと彼らに大義はないのだ。一勝すれば、それで勝手に崩れていくだろう)
と、バルディシエロは本気で考えていた。環境省環境保全隊など眼中にない。
(頼む――)
対するエクラマ国防軍最先任幕僚長ユリーネは、ただただ祈っていた。
(首都進軍の愚だけは冒してくれるな)
バルディシエロ率いる国防軍将兵が歩を止めなければどうなるか、ユリーネには分かり切っていた。
おそらく国防軍相撃つ悲劇……さえ許されまい。寡兵であっても絶大な火力を誇る日本国環境省環境保全隊が牙を剥き、首都郊外にてみな揃って射殺体となるのが目に見えていた。
故にユリーネはバルディシエロが動かず、事態が膠着することを祈願し続けていたのだが、一度動き出した歯車が止まることはなさそうであった。
首都占領を狙うエクラマ国防軍中部方面軍と、これを阻止せんとするエクラマ国防軍首都防衛軍の戦争は首都東方に点在する丘を巡って始まった。
高所を確保することは、敵勢の監視や砲戦の上で有利に働く。
当然、エクラマ国防軍首都防衛軍の諸隊は、こうしたポイントに陣地を構えていたが、転進してきたばかりで疲労と多少の混乱があった。その上、本当に国防軍同士で戦闘になるのか、という楽観じみた疑いを誰もが持っていたため、お世辞にも堅陣であるとは言えなかった。
であるから緒戦からエクラマ国防軍中部方面軍は、優勢を保った。彼らは戦線の中央――首都の真東にある丘を奪取し、その周辺部へ進出。右翼・左翼もまた首都防衛軍を圧倒し、残る高地も手中に収めようとしていた。
「予想通り、環境省環境保全隊は影も形もないわ」
事前の威力偵察、それから丘を巡る戦闘が始まっても、環境省環境保全隊が姿を見せないことにバルディシエロは膝を叩いた。
「やはり彼奴等は臆病者よ!」
その慢心は、戦線南方から打ち砕かれた。
「左翼に環境省環境保全隊の機械戦車が出現したとのこと!」
軍司令部で昼食を摂っていたバルディシエロの許に一報が入ったときには、すでにエクラマ国防軍中部方面軍左翼は激しい攻撃を受け、苦境に立たされていた。
ユリーネのエクラマ国防軍首都防衛軍は鉄床だ。敵の攻撃を引き受け、粘って釘付けにした。そしてそこへ振るわれるのは、機動力と打撃力を兼ね揃えた環境省環境保全隊。
薄く降り積もった雪を踏み躙り、突如として戦場に現れた第7偵察隊の90式戦車と87式偵察警戒車は、エクラマ国防軍中部方面軍左翼を衝いた。彼ら左翼部隊は陣地攻撃にのみ没頭していたわけではなく、側方となる南側にも注意を払っていたのだが、環境省環境保全隊の機械力によって容易く粉砕された。
「“紙爆弾”で降伏勧告はした。遠慮することはない」
90式戦車は120mmキャニスター弾を用いた射撃で、前方の広範囲を耕していく。氷雪と泥土と血肉。血溜まりと水溜まり、死骸と土塊でぐちゃぐちゃになったところを、90式戦車は無感情に踏み潰していった。
停止はしない。一気に敵陣深くまで斬りこみ、エクラマ国防軍中部方面軍の後背を脅かす腹積もりである。
それに続く格好で89式装甲戦闘車と73式装甲車に分乗した普通科部隊と、1個高射中隊が往く。
「薙ぎ倒せ」
猛進する第7偵察隊の攻撃を避け、その退路を断って孤立させようと考えた左翼の諸隊は、この後続の機械化部隊に遭遇した。遭遇するとともに、雹嵐が如き勢いで放たれる35mm機関砲弾によって壊滅状態に追いやられた。
「“腕付き”だッ――」
エクラマ国防軍中部方面軍左翼諸隊の攻撃は、後に恐怖とともに語られるようになる怪物によって破砕される。
“腕付き”――高射中隊が擁する87式自走高射機関砲は、2門の35mm機関砲を振り回し、向かってくる敵兵を破壊した。切断といってもいい。胸部や腹部に機関砲弾を受けた者の上半身は、原形を留めることなく消滅し、残された下半身は力なく崩れ落ちる。敵兵たちは雑木林や小屋に隠れたが、その数秒後には激しい射撃によってあらゆる遮蔽物が根こそぎ破壊される。
「左翼が圧されてないか!?」
左翼が圧されているどころか崩れ始め、背後が脅かされていることに、丘とその周辺の奪取に成功していた戦線中央の諸隊は気づいた。現在地を放棄し、後退するべきか。逡巡している間に、彼らに対して96式自走120mm迫撃砲の連続射撃が始まった。
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次回更新は12月7日(月)を予定しております。




