■51.争乱、エクラマ・シュウグザル!
フォークラントが指摘したとおり、エクラマ共和国の政情不安は高まりつつあった。環境省環境保全隊を事実上引き入れた形になるエクラマ国防軍最先任幕僚長ユリーネに対し、一部の閣僚と議員は首都ハルネルンを脱出し、その遥か東方――山地を背とする地方都市エイデルハルンに集結した。
集結したのが現実を直視できない議員連中だけならば、大した問題ではなかっただろう。実際にはユリーネと派閥を異とする幕僚や、反ユリーネ派議員と付き合いのある将官らの指揮の下、少なくない数のエクラマ国防軍諸部隊がこの地方都市ハイデルハルンとその周辺の守りを固めつつあった。
「外国軍の奴隷になってまで、生き延びようとは思わぬ。ユリーネは血迷ったか」
そう左右に吹聴するのは、多くの戦略予備部隊を抱えるエクラマ国防軍中部方面総監のバルディシエロである。環境省環境保全隊の首都侵攻時こそ、バルディシエロはユリーネの命令を守り、しばらく静観の構えをとっていた。が、議員連中の脱出を認めるや否や、彼はユリーネとの対決姿勢を明らかにしたのであった。
環境省環境保全隊やエクラマ国防軍最先任幕僚長ユリーネに反発し、反ユリーネ派を支持する市民や兵卒も、エクラマ共和国東部には多い。
(……すまぬ、ユリーネ)
エクラマ共和国東部の市民らが反ユリーネ派に同情的であったのは、地方都市ハイデルハルンに若き国王エンデルバーサが自ら移ったからであった。
これはユリーネ側にとっては完全なる誤算だ。エクラマ国防軍最先任幕僚長ユリーネは国王エンデルバーサからの信任篤く、良好な関係を築いていた。それにエンデルバーサは国が滅び、民が根絶やしとなる可能性を理解していたはず。故に敵対的な立場をとるはずがない、とユリーネは彼に最小限の護衛をつけるに留めていた。
ところが、国王エンデルバーサは理想主義者でもあったのだ。
(国民が選出したわけではない代表者が国政を動かすことを、認めるわけにはいかぬのだ)
政府高官といえども所詮は武官にすぎないユリーネの行動を、国王エンデルバーサは許すわけにはいかなかったのである。彼は地方都市ハイデルハルンにてユリーネを売国奴、環境省環境保全隊を帝国主義者の徒党、と弾劾した。個人としてはユリーネの忠誠心、愛国心を理解していたが、公人としてはそれを認めるわけにはいかなかったのだ。
国王の首都脱出は、反ユリーネ派にとってすれば嬉しい誤算だった。権力を有するわけではないエンデルバーサだが、この若き国王陛下に親しみを覚える市民は多い。脱出政権の正当性もまた、自然高まろうというものだ。
しかし、エクラマの全国民が彼らを認めるわけでもなかった。
「偉そうなこと言っているけど議員連中がしたことと言えば、時間を無為に費やしただけじゃないか」
「日本国環境省が来なかったら、いまごろ北部・中部の市民は皆殺しにされていただろうよ。お望みどおりバルディシエロの阿呆も、最後まで戦って戦死できただろうに」
戦場となったエクラマ共和国北部や戦禍が迫りつつあった首都周辺の住民が、国難にもかかわらず何も有効策を打ち出せなかった議員に対して不信感を募らせるのは至極当然の話であろう。確かにエクラマ国防軍最先任幕僚長ユリーネのやったことは手放しに認められるものではないが、日本国環境省環境保全隊の避難援護と抗戦によって、多くの避難民が助かったのも事実だった。
つまりこのとき“喉元過ぎれば熱さを忘れ”、エクラマ共和国は空中分裂しつつあったのである。
「国民・議員・国王に対して反旗を翻したユリーネを許すな!」
対人民革命国連邦戦線が膠着状態となってからしばらくして、首都ハルネルンを目指し、バルディシエロ率いるエクラマ国防軍中部方面軍が進発した。
一方のエクラマ国防軍最先任幕僚長ユリーネも、最前線に展開した日本国環境省環境保全隊第11旅団と入れ違いになる形で、退却に成功した諸部隊を“エクラマ国防軍首都防衛軍”と称し、首都東方に布陣させていた。
ユリーネに引き入れられた日本国環境省環境保全隊と言えば、議員どもの衆愚が原因で始まった“エクラマ・シュウグザル”同士の抗争にかかずりあっている場合ではない。環境省環境保全隊第11旅団は北部前線で敵と睨み合っており、首都近辺には幾許かの普通科部隊や戦闘偵察部隊・1個高射中隊がいるだけだ。
が、座視してもいられないというのが、希少種保全推進室長・御寧の考えであった。
(反ユリーネの動きがエクラマ共和国全土に広がれば面倒なことになる)
故に環境省環境保全隊は、先制攻撃に転じた。
洋上に浮かぶ執行艦『かが』から2機のF-35Bが発艦し、そのままエクラマ共和国南部へ向かう。胴体の兵器倉は片側で1000ポンド(約450kg)の航空爆弾と、空対空誘導弾を内蔵可能であり、街の一区画など簡単に消し飛ばしてしまえる。
これを阻むものは、ない。
「ドロップ」
地方都市の上空に至った1機。
その操縦士は何の躊躇いもなく、兵器倉を開いた。
次の瞬間、地方都市の人々が見上げる空は無数の白で覆いつくされた。
(F-35Bの無駄遣いだ)
と、操縦士は思わざるをえない。
都市上空を舞いながら緩慢な速度で落ちていくのは、紙である。当然ながら1枚や2枚ではない。一兵器倉につき重量約500kg。想像を絶する枚数の宣伝ビラが撒き散らされたのであった。
エクラマ共和国東部の地方都市、地方都市ハイデルハルンの上空にもF-35A戦闘機が到達し、無数の宣伝ビラを散布した。
ビラは複数種類に亘る。
最も枚数が多いのは、字が読めない者でもわかりやすい風刺画や写真が印刷されたものだ。人民革命国連邦軍と戦う国防軍将兵の脚に、役に立たない議員たちがまとわりついたさまを滑稽に描いたものや、人民革命国連邦軍の服装をした者から議員が金をもらっている一部始終を捉えたコラージュである。
「な、なんなんだこれは……」
突如としてエクラマ共和国東部を襲った紙の暴力に議員らは震え、市民たちは動揺した。
特に無数に作成されたコラージュが効いた。前述のとおり議員と敵将の裏取引を示唆するものから、あるいは議員たちが国王を拘束して連れ出しているような画像に彼らは驚愕した。
「これは精巧な絵に過ぎないっ」
市民は未だ写真というものにまともに触れたことがなかったため、多少雑コラ気味の画像でも“真実を映したもの”として捉えた。議員らは必死に否定し、地方都市ハイデルハルンの留守部隊にこれを回収させたが、到底回収しきれる量ではない。
同時に日本国環境省環境保全隊は、『バルバコア自然公園』の宣撫部隊を、エクラマ共和国南部まで進出させた。議員連中が直接支配するエクラマ共和国東部はともかく、それ以外の地域ではユリーネこそが正義の士であり、そして日本国環境省環境保全隊こそが正義の徒であるという論調を作り出すためである。
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