■50.子ども騙しの異世界伝説!?(後)
さて。日本国環境省と人民革命国連邦がともに春の訪れに備える中、生きて虜囚の辱めを受けまくっているフォークラントは、食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活を送っていた。していることと言えば、環境省が用意した小さな居館にて、鳥獣保護管理室長の藍前が持ちこんだアニメやドラマ、映画を視聴したり、漫画を読みふけったりしているくらいである。
(“井戸の中の蛙は海を知らない”、というわけか)
と、環境省職員の目からすれば時間を無為に潰しているようにしか見えない彼だが、実際のところすっかり自信を喪失したフォークラントは1日を学習と思索の時間に充てているつもりであった。
敗者としてこのまま朽ちていってもいいだろうし、機が訪れて再起を図ることがあれば、日本国環境省から学び取れることは学んでしまおうというのが彼の意図するところだった。
まず彼が学んだのは、どう逆立ちしても経済力・技術力・軍事力では日本国環境省――その背後に控える異世界国家・日本国にはかなわないという事実である。ドラマや映画に至極当たり前のように登場する異世界の日常生活ぶりを見れば、いかにバルバコア帝国が経済や科学技術の面で“劣っていた”かがわかる。
(劣っていた? 違うな――)
比較することすら、許されぬ。
野生動物の自然生態と、人類の社会生活を比べて優劣をつける者がいるはずもなし。
そして純然たる力の差、軍事力。環境省環境保全隊は、異世界人類が有する最大火力の100分の1も発揮していない。彼らはおそらく生きとし生けるものの過半数を殺し尽くせるような最終兵器を保有しているのではないか、とフォークラントは睨んでいる。
それは例えば、自衛隊なる組織と海外工作部隊が山中に墜落した爆撃機を巡って争う映画『デイブレイク・イーグル』に登場した“特殊爆弾”であったり、あるいは『新元号エバンゲリオン』や『真・日本沈没』に登場した“N4爆雷”であったり、日本本土に上陸した巨大生物との戦いを描いた映画で争点のひとつとなった“核兵器”のような兵器だ。『環境少女、日日野まもりR!』にも同様に“核兵器”が登場している。
(ここまで似通った設定の“架空兵器”が登場するはずもなし。私は、バルバコア帝国は、彼らに本気を出させることすら出来なかった、というわけだ)
「よっ、暇か」
ちょうど『環境少女、日日野まもり!』視聴n周目に入ろうとしていたところで、鳥獣保護管理室長の藍前が訪ねてきた。
「こちらは環境省に飼い殺しにされている暇人だ。退屈で死にそうになっている」
「そりゃ結構。環境省は帰順する者に対しては寛大な処置をとる、その実例として暫くは生きていてもらわないと。それできょうは――」
「しかし、だ。このクリスマス、とやらはなんとかならないのかね」
「は?」
突拍子もない話題に、藍前は出鼻を挫かれた。
それをいいことにフォークラントは苦言を呈し始める。
「森聖戦隊も日日野まもりもそうだが、流れをぶった切ってまでクリスマス回。そこまでこの聖人の誕生日という伝説からくる伝統行事は、日本国内に浸透しているのか? 子どもたちは本気で超音速飛翔するサンタなる伝説の男がいると思い込んでいるのか?」
半ば嫌がらせのように思える質問だが、フォークラントは本気で疑問に思っていた。
冬の季節が舞台となる場合、クリスマスは十中八九扱われる題材である。いまの居館にも、環境省の職員が「邪魔だから」という理由で持ってきた出自不明のクリスマスツリーが飾られることなく放置されている。
「そういえば、バルバコア帝国には伝説とか伝統行事とかってあんまりないな」
「あるにはあるが、聖領……旧聖領の一部に伝わるくらいだ。旧大陸で有名なのは、架空の生物“レッドドラゴン”とそれを従える“魔王”の伝説か。これを封じるために、かつて3つの塔が築かれたという――」
「悪いけど俺もあんまり暇じゃないんだ。クリスマスの歴史も詳しくないし、異世界の伝説にも興味はない」
「そうか」
フォークラントは藍前に対し、居間のソファに座るよう促した。
若手の出世頭である鳥獣保護管理室長はどうも、と片手を挙げて腰を下ろす。
それから胸ポケットからタバコを取り出して火を点け、紫煙を吐いてから声を低くした。
「単刀直入に聞く。連中のリーダー“カーブリヌ=ワン”について知りたい。話し合いが通じる相手なのか。あとヒトガタ・ロウドウニンジン――人民革命国連邦の連中の弱点を聞きたい」
「カーブリヌ=ワンは知らない」
鳥獣保護管理室長はフォークラント目掛け、小箱を投げた。
それをキャッチした彼は中から最後の1本を抜くとマッチで火を点け、肺に煙を満たす。
そうしてニコチンを吸収してから、「だが」と切り出した。
「“旧支配者”に反旗を翻し、反対派を粛清、あるいは追放した実力者だということは知っている」
「“旧支配者”?」
「それまで貴様らが云うところのヒトガタ・ロウドウニンジンをコントロールし、奉仕種族として使役してきた者どもだ。他者の思考を操作する異能に長けていたらしい。その“旧支配者”を追い出したのが、カーブリヌ=ワン……というところなのだろう」
鳥獣保護管理室長の咥えるタバコ、その先端の火が強くなった。
「カーブリヌ=ワンはどうやって“旧支配者”のコントロールから脱した?」
「さあ。カーブリヌ=ワンが畑から採れたとは限らないだろう。あーつまり、ヒトガタ・ロウドウニンジンであるとは限らない。彼もまた“旧支配者”のひとりで、同胞の反対勢力を一掃したというだけなのかもしれない。ひとりであってもヒトガタ・ロウドウニンジンの指導者さえ操れてしまえば、彼らの社会全体を乗っ取れる」
「成程」
だいたいわかった、と藍前は頷いた。
それから彼はいくつかやりとりをして、フィルターぎりぎりまで火が迫ったタバコを卓上の灰皿に押しつけると、席を立った。
すでに環境省職員の間では、方針は決まっている。目には目を、歯には歯を。日日野まもりがそうしたように、環境省環境保全隊もヒトガタ・ロウドウニンジンに対しては容赦するつもりはなかった。
「せいぜい気をつけることだな」
静かに喫煙するフォークラントが去ろうとする藍前に声をかけた。
「どちらかというと、私だったらエクラマの雑魚どもの方が気にかかるが」
「雑魚どもは泳がせているところさ。むしろ歯向かってくれた方が、こっちもやりやすいんだ」
藍前はにやりと笑って、踵を返した。
その背中を見ながらフォークラントは思う。
人民革命国連邦でさえ彼らには勝てないであろう、と。
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次回更新は12/3(水)となります。




