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■5.環境省と環境大臣のECOなお話!

 自らの嘔吐物に塗れながらのたうち回る副長が獣めいた悲鳴を上げると同時に、鏡の脇に設けられた扉が開き、数名の銃兵が部屋へ飛び込んで来る――そのそばから保全隊員が自動拳銃を引き抜き、射撃を開始した。距離が開く屋外ならば銃兵が抱える小銃の方が有利だろうが、この近距離であれば自動拳銃でも劣ることはない。


「グレネードッ」


 隊員が隠し持っていた破片手榴弾を銃兵ら目掛けて投擲すると同時に、一同は踵を返して中庭で待機している小隊との合流を目指すことにした。対立関係が決定的になった以上、長居は無用である。

 そこからは遭遇戦の連続である。

 ところが相手方のほとんどは、連隊長不在の上に、副長は重傷のまま転がっているため、事情をよく理解していなかった。そのため出会い頭に、ECOの達人である希少種保全推進室長の御寧に目潰しを食らい、あるいは数歩の間合いを一挙に詰める飛び蹴りで吹き飛ばされていった。

 小銃や魔術を使わせる暇など、与えない。

 環境省の人間は平時からOODA(観察・状況判断・決定・行動)で動く。そして環境省職員が修めるECOは、環境大臣が「敵の最も軟らかく、弱い点が敵の弱点なので、そこを衝くことが重要なんですね。そして常に環境省の職員は、状況判断をアップデートすることで、敵が動き出す前にこれを完封することができる」として推進してきた戦闘術であった。


「ご無事でしたか」


 中庭に待機させられていた保全隊員らとの合流は、容易に成し遂げられた。彼らもまた銃声と爆発音を聞くとともに行動を起こし、門番を射殺して外界への退路を確保するとともに、環境省幹部らが招き入れられた本館へ突入したからである。彼らは寡兵かへいだったが、89式小銃とミニミ軽機関銃を以て敵を容易に圧倒した。

 帰還も拍子抜けするほどスムーズに運んだ。AH-64Dの直接援護を受けたCH-47JAが、ドアガンを連射しながら中庭に着陸し、一行を収容するとすぐに東の空へ飛び去って行った。


「城壁を全て突き崩せ。ただ本館は撃つな、連中の通信施設を鹵獲したい」


 環境省幹部を愚弄した報復は、徹底的であった。

 AH-64Dはヘルファイア・ミサイルで城壁を破壊し尽くし、城館を出入りする敵兵目掛けて30mmチェーンガンを連射した。それでも本館に対する攻撃は控えられたため、数分で瓦礫の山と土埃に塗れた肉塊の中に、城館がぽつねんと立っている――というシュールな光景が現出した。


◇◆◇


「大海からたる蛮族、MOEを皆殺しにせよッ!」


 目の前で自身の部下(港湾海防連隊副長)を半殺しにされたバルバコア帝国辺境海護伯フォークラント=ローエンは、激昂げっこうした。高級貴族は何よりも面子を重視し、“舐められる”ことを嫌う。手も足も出ないままハゼ港湾が蹂躙され、そのまま終わり、では他の高級貴族からは勿論、領民にも馬鹿にされるかもしれなかった。心情的な問題ではなく、実利が脅かされる。

 だが、名誉回復の機会はある、とフォークラントは考えていた。再びハゼ港湾にMOEの水上艦と火を吐く鋼鉄の羽虫(現地の市民は“ファイアフライ”と渾名しているらしい)が現れ、MOEの地上軍が上陸する可能性は高い、と踏んだのだ。生き残った砲兵や現地市民からの聞き取り調査の結果では、MOEが有する軍事兵器の火力は、一撃で砲台を吹き飛ばし、城壁を突き崩す威力であったという。……沿岸部で戦うのは不利かもしれない。


(ならば内陸におびき寄せ、圧倒的戦力差で包囲殲滅するまでのこと)


 であるからフォークラントは、四方八方手を尽くして複数の傭兵団を雇用した。沿岸貿易や海上輸送で潤うバルバコア帝国辺境海護伯なら、それができる。派閥の関係で周辺の貴族らに援軍を頼むことは出来なかったが(フォークラントはセイタカ・チョウジュ・ザル自然利用派・消極絶滅派に属しており、対する周辺の貴族らには加工利用派が多かった)、フォークラントはわずか数日で地上戦にえうるだけの軍勢を整えた。

 彼が揃えたのは量だけではない。鋼鉄の羽虫を撃破するために数名の航空魔術士を雇い入れ、北方戦線から横流しされたゴーレムも購入した。このゴーレムは旧式も旧式だが、小銃弾を弾き返すに足る装甲を有している。MOE兵の武装は小銃やさらにミニサイズの銃器(※拳銃)がメインであったから、装甲と剛腕、そして巨躯きょくを誇るゴーレムは活躍できるはずであった。


 さて、偶然か必然か。

 環境省環境保全隊もまたバルバコア・インペリアル・ヒトモドキに懲罰と調教を施すべく、強襲上陸作戦の準備を着々と進めていた。

 他方、環境省環境保全隊から報告を受け、日本政府ではバルバコア・インペリアル・ヒトモドキは事実上の国家を形成しているのではないか、彼らへの対応を環境省に任せてよいものかという(至極もっともな)議論が起こった。

 ところがしかし、知っての通り外務省という組織は極限まで縮小・改編されていたし、外務省サイド自体がバルバコア・インペリアル・ヒトモドキとの折衝を嫌がった。つまりバルバコア・インペリアル・ヒトモドキの社会を、国家として認めても対応する官庁が存在しないのが現実であり、そのため彼らを野生動物として処し、環境省が対応していく方針に変更はなかった。

 ちなみに以下は、環境大臣のコメントである。


「現地で環境省職員が攻撃を受けました。異世界の調査をするうえで見落としていた危険性があり、つまりそういう危険があったわけですね。この問題をいかにスマートに解決するか。ストレートに、デンジャラスに……(環境大臣)」


「環境省職員の安全を、今後どう確保していくおつもりでしょうか(記者)」


「環境省の職員は日々、職務に邁進している。毎日がんばっている。その現場の努力に応えるのが私の仕事です(環境大臣)」


「どう取り組んでいくのかと、私は伺ったのですが……(記者)」


「……(環境大臣)」


 と、いうことで環境省環境保全隊の派遣隊はさらなる増強が認められ、輸送艦『おおすみ』をはじめとする新たな水上艦艇や10式戦車といった重装備の投入が決定された。

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