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■49.子ども騙しの異世界伝説!?(前)

 ヴォーリズらがガスボンベや発煙筒を発見するのとほぼ同刻、補給路を襲撃していた冬季戦技教育隊の冬季レンジャーもまた、同様の積荷を鹵獲ろかくしていた。ボンベには“防虫化学剤4号”と農薬めいた名称のラベルが張ってあったが、冬季戦技教育隊の幹部らはすぐにその中身を理解した。

 化学兵器、である。

 すぐさま複数のボンベが環境省環境保全隊化学学校(埼玉県さいたま市)に移送され、分析にかけられた。

 結果は、想像通りの黒。その正体は第1次世界大戦でも用いられた塩素ガスの窒息剤だ。吸引すれば軽くとも嘔吐や頭痛に襲われ、最悪の場合は気管支や肺胞に水が溜まり、重傷あるいは死に至る。手軽に製造できるため、現代でもテロリストによる製造・使用が後を絶たない。


「ヒトガタ・ロウドウニンジンが運搬していた“防虫化学剤4号”は極めて原始的ではありますが、それでも化学兵器には違いありません」


 後方攪乱にあたる第28普通科連隊や冬季戦技教育隊が、“防虫化学剤4号”なる化学兵器を鹵獲ろかくした旨の報告を受け、異世界に常駐する環境省幹部はすぐさま議論の場を設けた。


「捕虜としたヒトガタ・ロウドウニンジンの核心者マンダラゲらを尋問したところ、捕獲した“旧人類”の大量殺害に使用するつもりだったそうです。また野戦での使用も考慮されているとのことでした」


 執行艦『ひゅうが』にて職員から説明を受けた野生生物課長の鬼威おにい燦太さんたは、静かに頷いた。化学兵器といえばれっきとした大量破壊兵器であるが、彼は勿論のこと他の職員にも慌てる様子はなかった。

 問題は化学兵器にあるのではない。

 化学兵器はある程度の科学力・工業力があれば容易に開発・製造が可能であるため、これがいずれ姿を現すことは彼らも織り込み済みであった。第11旅団をはじめとした最前線の部隊には化学防護を念頭においた装備を整えさせているから、ヒトガタ・ロウドウニンジンらが野戦に塩素ガスを使用したとしても、手酷くやられることはない。

 懸念材料はむしろ、日本側みうちにあった。


「総武省の動きは」

「特に目立った動きはありません。まだ我々が化学兵器を発見したことに気づいていないようです。が、時間の問題かと思われます」


 大量破壊兵器の保有を口実に、総武省そうむしょうが全面核攻撃に打って出る可能性は否定できない事実だった。

 彼らは自らが保有する強大な軍事力を誇っているが、同時に既知世界の脅威や異世界の存在自体を極度なまでに恐れている節がある。日本政府が旧米国政府関係者からこの異世界の存在を知った直後、総武省の高級官僚らは即座の核攻撃を進言したらしい。手がつけられないモンスターや文明が蔓延はびこっているかもしれない異世界など焼いてしまえ、というわけだ。

 日本政府の中でその異世界無差別殲滅戦論(あるいは異世界先制攻撃論)が認められることはなかったが、世は第2・第3の満州事変が賞賛されるような現代である。一部の幹部は本気でそれが日本国と日本国民のためになると判断すれば、キャリアが絶たれようが、刑事罰に問われようがやるだろう。


「総武省が持ち込んでいる現行の戦力は?」

「主な正面装備は、B-2爆撃機はスピリットオブサイタマとスピリットオブグンマの2機。それから、あいおわ級戦艦『みずうり』。この程度ですね」

「よく目を光らせておこう」


 環境省環境保全隊として現状採れる対策は、総武省の監視しかない。

 戦略爆撃機2機と主力戦艦1隻の現戦力では広大な人民革命国連邦を、一挙に殲滅することは困難であるからひとまず安心である(彼らは奇襲効果を最大限発揮するために、敵領域の一部だけを中途半端に焼くことはない)。しかし万が一、彼らが原子力潜水艦を配備している可能性も考慮して、環境保全隊はP-1哨戒機による対潜哨戒網を構築することを決定した。

 それでも不安げに顔を見合わせる左右に対して、鬼威はわざと楽観的に言う。


「連中が核攻撃の準備を万端に整える前に、他の関係省庁が乗り込んでくるのが先だろう。そうなれば総武省も簡単に手は出せない。“異世界最終戦論”に傾倒する先生方も増えていると聞く。とにかく我々に出来ることは、“苦戦をしないこと”だ」


 数に押される形で一時はどうなることかと思った対ヒトガタ・ロウドウニンジン戦線だが、本格的な冬の到来により、文字通り前線は凍りついた。

 敵の野戦軍は吹雪と積雪によって身動きが取れず、他方の第11旅団は機動戦によって敵に打撃を与えたことに満足し、防衛線を引き直して春の目覚めを待つことにしている。勿論、ただ無為に時を過ごすわけではない。環境省は他の省庁や民間と協調して、インフラ整備と戦力拡充に努めることを決めていた。

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