■46.環境省環境保全隊第11旅団vs人民革命国連邦軍第4軍!(中)
視界を白く塗り潰す吹雪は、東の空に日が昇るとともに収まった。この間は両者ともに身動きがとれず、自然と休戦状態になっていたが、朝日の下で蘇生したかのように行動を再開した。
天候回復とともに航空作戦が可能となった環境省環境保全隊第11旅団は、戦場の霧を晴らすべく、すぐさま敵の陣容を偵察した。
「UAVによる航空偵察の結果です」
各種無人航空機を運用する第11旅団では、敵情が整理されていく。情報収集を担当する幕僚たちの表情には、緊張が見え隠れしていた。予想通りだが、敵の規模が大きい。
「第18普通科連隊(18i)はよくやってくれたよ。だが昨夜に18iが撃破したのはごく一部に過ぎない、ということだね」
第11旅団幕僚長は余裕の笑みとともに、「厳しいね」と洩らした。旅団長は椅子に腰かけ、微動だにしないまま一言も発することなく、机上に広げられた地図を睨んでいる。戦線中央の第18普通科連隊はおそらく2倍、3倍はくだらない敵を退けたはずだが、まだまだ戦線右翼・左翼には有力な敵部隊が存在していた。
「我が対峙している敵は2、3個師団と思われます」
情報幕僚の分析は、正しい。
人民革命国連邦軍第4軍は戦線中央に第96狙撃兵師団を配し、海岸に面する戦線西部には第4狙撃兵師団、小山や森林の連続である戦線東部では第128山岳師団に戦闘準備を整えさせていた。
昨夜、第4軍司令部は慢心から両翼の部隊を動かさず、第96狙撃兵師団のみを地方都市ノルデルクス目掛けて前進させ、敗北を喫した。
が、同じ過ちは繰り返さないであろう。
つまり次は3個師団の全線に亘る攻勢となるはずであった。
他方、環境省環境保全隊第11旅団は、自隊と地方都市ノルデルクスが包囲されるのを回避するため、ただでさえ少ない戦力を全線に薄く引き伸ばして支えなければならない。
その布陣であるが、戦線中央は引き続き第18普通科連隊が防衛し、平坦な地形が続く戦線西部には第10即応機動連隊が展開、戦線東部は第28普通科連隊が押さえることとなった。敵の1個師団に対して、1個連隊が対峙するような格好だ。しかも目の前の敵を打ちのめせばそれで終わるわけではなく、当然予備として控えているであろう敵の1、2個師団をも相手にしなければならないから荷が重い。
しかしながら状況は悪化するばかりではなかった。今朝、第11戦車隊や第11特科隊といった装軌装甲車輛部隊が風雪を跳ね除け、ようやく到着したのだ。他師団による増援の見込みもある。勝算は十分だ。
さて、降雪が止むとともに戦線西部、人民革命国連邦軍第4狙撃兵師団が動いた。彼らの雪中戦装備は万全である。機械戦車でソリを曳き、また兵卒はみなスキー装備で南進を開始した。
それを銀世界の中でつぶさに見つめている影がある。
小高い丘の斜面にスノーモービルを隠し、稜線から第4狙撃兵師団の行軍を観察している。
その数分後、第4狙撃兵師団の隊列を飛び越して、数十メートル東方の雪原に数発の砲弾が突き刺さった。
「伏せろッ」
第4狙撃兵師団の先陣を務める第4狙撃兵連隊の指揮官らは、兵卒らに対して咄嗟に防御姿勢をとらせた。
「事故か?」
この大音響を耳にした第4狙撃兵連隊本部のニンジンたちは、最初こそそう思ったらしい。ところが瞬く間に連続する轟音が第4狙撃兵連隊を包み込み、包み込んだかと思うとバタバタと将兵が斃れ始めた。
多くの将兵が伏せる雪原のど真ん中に十数発の砲弾が着弾し、純白の柱が持ち上がる。1発の砲弾が食料を積載したソリに直撃し、ソリと食料品を粉砕して雪上にぶちまけてしまった。爆ぜた砲弾の破片が伏せる彼らの頭上を飛び交う。
敵の砲兵だ、と雪に這いつくばる指揮官の誰もが思ったが、実際は違っていた。
「撃ち方やめ」
突如として第4狙撃兵連隊を襲った射撃は、その数km西方――海上に浮かぶ執行艦『はたかぜ』・『しまかぜ』ペアによるものだった。両艦併せて127mm速射砲4門。灰色の海に展開したちょっとした洋上砲兵陣地は、足が鈍りがちになる雪上部隊へ砲塔を旋回させ、無慈悲にも火を噴いた。
両艦による連続射撃が行われた時間は、決して長くはない。敵の師団砲が海岸線に展開すれば、反撃を受ける可能性は十分にあったからだ。短時間の射撃のあと、いったん『はたかぜ』・『しまかぜ』は北西へ変針し、様子をみることにした。
ところがこの僅かな時間の射撃でも、両艦は戦果を挙げている。第4狙撃兵連隊の兵卒は200名以上が死傷し、機械戦車複数輌の撃破、多数のソリを破壊。敵の出鼻を挫くことに成功した。
第4狙撃兵師団司令部は第4狙撃兵連隊が水上艦艇からの艦砲射撃にやられたことに気づくと歯噛みして悔しがり、師団砲兵の一部を海岸線に展開させたが、後の祭りである。有効射程数kmほどの野砲では届かない場所に、両艦は逃げ去った後だった。砲を展開させただけ体力と時間を浪費するに終わったというわけだ。
一方で戦線中央、夜中に第18普通科連隊の攻撃を受けた第96狙撃兵師団もまた、師団砲兵を前進させていた。狙いは街道付近に存在する(であろう)環境省環境保全隊の陣地であった。少しでも敵に損害を与えなくてはならないという焦りと、痛手を被った戦線中央に対して敵が攻勢を考えるのであれば、それを牽制したいという思いがあった。
このとき彼らは愚かにも勘違いをしていた。
それはつまり「曲射砲の質・量ならば我々の方が有利である」「曲射砲による火力戦ならば、一方的に敵を叩ける」という思い違いであった。
故に展開した師団砲兵の一部――16門の野砲は陣地転換をしないまま、1分間に1発程度のペースで連続射撃を開始した。
「素晴らしい――」
砲撃を指揮する砲兵士官は、己が操る砲兵と野砲に酔っていたであろう。
その酩酊の中で、彼は即死することが出来たのだから幸運だと言ってもよかったかもしれない。彼ら第96狙撃兵師団の師団砲兵が10発目の砲弾を送りこもうとした瞬間、狙い澄ましたように1発の155mm榴弾が砲兵陣地の中央にて炸裂した。
そこからは地獄である。最初の1分では4発、次の1分間では24発の155mm榴弾が彼ら第96狙撃兵師団の砲兵陣地に降り注いだ。
衝撃波と破片によって砲も砲兵も薙ぎ倒され、あちこちで弾薬が爆発炎上――陣地の外れに居合わせたひとりの指揮官は狂ったように「早すぎるッ、早すぎる!」と照準・修正が早すぎる環境省環境保全隊の火砲に抗議したが、何の意味もなかった。
結局、砲撃は3分しか続かなかったものの、それで十分だった。
第11旅団第11特科隊の対砲兵レーダーは弾道を計算し、第96狙撃兵師団の砲兵陣地を確実に捕捉していたし、99式155mm自走りゅう弾砲の射撃も正確極まりなく、そして無慈悲であった。
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