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■44.三十六計逃げるにしかず! 否、殺すにしかず!?

「もう少しがんばって! この先に休息所がありますから」

「ありがとう、異人さん……」

「安心して。ニンジン野郎を一兵も通しはしませんよ」


 降雪のまぬエクラマ共和国北部の街々では、避難民が列をなしていた。

 その傍に立ち、避難誘導を担当しているのは、冬季戦用装具に身を包んだ環境保全隊の隊員である。状況は最悪だ。人民革命国連邦と対峙していたエクラマ国防軍前線部隊は一部を除いて、無秩序な壊走状態。戦線は大幅に後退――というよりも霧散しつつあり、敵部隊の所在もよく分かっていなかった。

 つまりエクラマ共和国北部一帯の主要都市に関して言えば、いつ人民革命国連邦軍の暴威に晒されてもおかしくない。エクラマ国防軍をくだし、エクラマの領域に深く足を踏み入れた環境省環境保全隊が最初に着手したのは、市民らの避難誘導であった。


「あとどれくらいかかりそうだ」

「予定のラインまで一昼夜では困難です。この雪道を徒歩での移動。避難誘導をやめて、いまから総力を挙げて連中を皆殺しに行った方がいいんじゃないですかね」

「敵の数が多すぎるよ。……上は遅滞戦術を採るつもりらしい」


 路肩で環境保全隊の幹部と古参の元・陸曹が小声で立ち話をしているそばを、73式トラックや96式装輪装甲車がひっきりなしに通り過ぎていく。

 自力では行動出来ない妊婦や病傷人には優先して輸送手段が割り当てられたが、それ以外の多くの市民は徒歩での避難を余儀なくされていた。環境省環境保全隊にも限界はある。エクラマ北部に展開した第11旅団は、可能な限りの車輌を避難民の輸送にいたが、全ての市民を運ぶには至らない。

 遅々として進まない避難。

 対照的にエクラマ北部へ侵入した人民革命国連邦軍はまさに大海、波濤はとうがごとし。

 地方都市には脇目もふらず、首都目がけて街道を突進していた最先鋒に対しては、第11戦車隊の1個小隊4輌の90式戦車が反撃してこれを潰したが、前線崩壊とともに無数の歩兵がエクラマの領域に侵入しつつあった。その規模は万単位。火力で優る第11旅団であっても、押し切られる可能性は十分にある。


「駄目だッ、みんな殺されちまう――!」


 最前線から逃げ戻ってきたとおぼしき国防軍の敗残兵が姿を現すと、いよいよ第11旅団所属部隊の緊張は高まった。前線部隊壊走という噂はやはり真実であったか、という思いとともに組織的な抗戦がなされていない以上、すぐに敵は来るだろうという確信を得たためである。

 一方で負傷者を連れながら、整然と退却してきた隊もある。


「環境省か?」


 首都ハルネルンの北方に位置する地方都市ノルデルクスを守備する第18普通科連隊の前に現れたのは、濃緑の外套を纏った冒険者と数十名の正規兵、傭兵らであった。負傷している者もいる。隊列の先頭に立っていた冒険者は第18普通科連隊の幹部の前で安堵まじりの苦笑いを浮かべると、「あと半日か1日したらふざけた数が来るぞ」と言ってのけた。

 実際、そうなった。


「無人偵察機からの情報です」


 悪天候下にも対応する無線操縦式無人ヘリコプターの航空偵察の結果、ノルデルクスから約25kmのところまで敵が迫っていることが明らかになると、第18普通科連隊はいよいよ攻防戦を決意した。

 敵味方ともに航空機による支援はない。急激な悪化と回復を繰り返す天候のせいである。第11旅団司令部は無人環境監視機ファイティング・アイビスによる航空支援を期待していたが、現実には飛び立った2機の無人機は途中、吹雪により墜落してしまった。


「少なく見積もってもワレの10倍――」


 しかしながら第18普通科連隊本部の幹部らはひるまなかった。

 連隊長に至ってはさも楽しそうに「ここのところ苦戦することなく、連隊に相応しい戦功がなかったからちょうどいい」「同数の雑魚どもと競り合って勝つのは当然だからな」と言って、にやりと笑った。もともと朝鮮人民軍やロシア連邦軍、中国人民解放軍など、質・量いずれか、あるいはともに優れた地上軍を相手取ってきた旧陸上自衛隊の人間である。取り乱すことはなかった。


「勝ったと思いこんでいる連中を教育してやれ」


 戦端を開いたのは、寡兵のはずの第18普通科連隊の側であった。

 時は午後3時過ぎ。人民革命国連邦軍第4軍最先鋒、第144狙撃兵連隊はノルデルクスから約8km離れた村々や周辺の森林で宿営の準備をしていた。彼らは暗視装置を備えていないため、雪の中、夜中の行軍は危険である。日がまだ高い内に宿営の準備をし、明日にノルデルクスへ仕掛けようという腹積もりであったらしい。

 そこを第18普通科連隊はいた。

 闇が訪れると同時に、星空から無数の迫撃砲弾が第144狙撃兵連隊の兵卒に降り注いだ。雪と泥が跳ね上がり、迫撃砲の直撃を受けた小屋が倒壊する。歩哨らは首をすくめ、横臥や座り込んでいた兵士らは覚醒した。天幕に迫撃砲弾が飛び込んだかと思うと、次の瞬間には衝撃波とともにずたずたに引き裂かれた天幕の合間から、血肉混じりの煙が噴き出した。


「敵の砲撃!?」


 指揮を執る連隊長マンダラゲはすぐに事態を悟ったが、突然の夜襲にどう対応していいか逡巡した。そうしている内に第144狙撃兵連隊本隊が宿営する南側に設定された警戒線の兵卒らは、聞き慣れた機械戦車の装軌が立てる音を耳にした。


機械戦車ゴーレム?」


 その数分後、夜闇に火線が閃いた。

 12.7mm重機関銃と、7.62mm機関銃の掃射――そして箱型のその装軌装甲車は雪を蹴立てながら一挙、警戒線を蹂躙した。

 旧式ながらも走破力のある73式装甲車の夜中突撃である。


雄雄おお――!」


 加えて73式装甲車から暗視装置を備えた隊員らが下車し、警戒線の敵兵を撃ち倒した。それだけに留まらず雪中、40mm自動擲弾銃を据えて本隊の宿営地目掛けて射撃を開始する。

 射撃というよりは、もはや砲撃に近い。40mmグレネード弾は敵車輌に突き刺さって炸裂し、爆発炎上させたのを皮切りに、続けて天幕に撃ち込まれて数名の兵士をまとめて惨殺してしまった。宿営地は無数の鉄片と、肉片が飛び交う地獄と化す。


「撃ってきたッ」


 とはいえ、第144狙撃兵連隊の全将兵が一か所に留まっているわけもなし。

 迫撃砲弾や40mmグレネード弾による第一撃を幸運にも回避出来た中隊が、第18普通科連隊の夜襲部隊に反撃を開始した。

 が、狙いは極めて不正確である。おそらく発射炎めがけて闇雲に撃っているだけであり、ほとんどが隊員らの頭上を飛び越えていった。

 逆に敵の中隊こそ自らの位置を暴露しているに等しい。

 反撃してきた中隊に第18普通科連隊の攻撃が指向されると、雪原の上を這いつくばって小銃を構えていた銃兵らは瞬く間に全滅状態に追い込まれた。


「撤収」


 思う存分に敵を叩いたことを確認すると、第18普通科連隊の夜襲部隊は73式装甲車に再び搭乗した。敵部隊は救援を呼ぶか、あるいは後退するはずだ。別方向から増援を打撃するか、後退する敵部隊を再び攻撃するか。隙がない、あるいは他の有力な敵部隊と遭遇した場合は、逃げてもいい。

 機械化が進んでいる第18普通科連隊はただ単に待ち構えるのではなく、敵よりも優る機動力を以て戦場を制しようとしていた。




◇◆◇


次回の更新は11/19(木)を予定しております。

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