■43.「全力を挙げて環境省(やつら)を見逃すんだ!」(後)
「なんなんだこの様は!?」
ほぼ同時刻。“封焔の塔”の共和議会では、日本国環境省への使節派遣に反対していた議員らが怒声を張り上げ、机を掌で威嚇的に叩いていた。中立を保っていた議員らも不安の表情を隠せずにいる。しかしながら、それに相対するエクラマ国防軍最先任幕僚長ユリーネは、特に動じることもなかった。
「日本国環境省環境保全隊ですが」
どこか嘲りと、諦めが見え隠れするような彼の口調を前に、共和議会は再び騒然となった。いまエクラマ共和国南部には、冬季戦用装具に身を包んだ歩兵と、見たこともない装甲車輛が侵入しつつあった。問題はそれに対して、エクラマ国防軍が何ら手立てを講じようとしないことにある。
「だから、誰の許しを得て彼らを国内に引き入れたのだ!?」
最初に疑問をぶつけたのとは別の議員が怒鳴ったが、ユリーネは溜息まじりに答えるだけである。
「めっそうもございません。エクラマ国防軍は彼らの進撃を阻止すべく、最大限の努力をいたしました。しかし、日本国環境省環境保全隊の侵攻速度は想像を絶しており――」
「茶番はやめろッ! お前が引き入れているんだろうが!」
この売国奴が、外患誘致罪だ、と飛び交う野次に、そうだ、とユリーネは内心で頷いた。これは茶番である。そして売国でもあろう。しかしながら、茶番で国土が守れるのであれば道化になろう。売国で国民が守れるのならば、売国奴にでも堕ちよう。
「もう一度、繰り返します。日本国環境省環境保全隊の侵攻速度は想像を絶しており――」
「もういい、ユリーネッ! 貴様は解任だ! 貴様を訴える、理由はもちろんわかるな!?」
「――いまこの共和議会に迫ろうとしております」
「えっ」
ユリーネの言葉とともに、静寂が訪れた。
それから数秒後、半円状の議場に静かに数十名の男達が入場してきた。市街戦仕様の鈍色の戦闘服を纏った彼らは、目を白黒させている議員らに銃口を向ける。その中のひとり、希少種保全推進室長の御寧は口の端を歪めて言い放った。
「どうぞ。議論を続けてください。皆さんが議員でいられるのもきょうが最後ですから、惜しむことはありません」
「お前らは」
「日本国環境省環境保全隊です。明日を以て、この地域は日本国の国立公園である『エクラマ自然公園』に指定される予定です」
「そんなこと」
「私たちが保護管理する以上、ヒトガタ・ロウドウニンジンどもをもう恐れることはありません」
「認め」
「認めないというのならば――」
御寧は全身をバネのように操り跳躍すると、先程まで野次を飛ばしていた議員の傍に着地し、その腕を捻った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
意味をもたない喚き声が上がる。見やれば、肩関節が外されていた。野生生物の生命を奪うことなく無力化する“ECO”(the Enviroment's COmbat=環境戦闘術)の関節技である。
「力を、強者を跳ね除ける力を見せてみろ。それが出来ないのにぐだぐだと他人の足を引っ張ることしか能のない者は去るしかないだろう」
前述の通り、エクラマの地に向けて進発した御寧は、エクラマ国防軍最先任幕僚長ユリーネに接触するや否や、彼に腹を括らせた。
知ってのとおり過去、ユーキャンの流行語大賞に「侵略や暗殺、裏切りみたいな悪いことも勝利すれば正当化できる。要は勝てばOK」という外務大臣の発言が、賞賛と共に選出されたことがある。
つまり、どんな手を使ってでも勝利すればいいのだ。この場合ユリーネの勝利とは、旧人類抹殺を国是として掲げる“新人類”から国土と自国民を守ること(と、ついでに言えば軍部を目の敵にする議員らの失脚)であろう。
「全力を挙げて環境省を――」
故にユリーネは決断した。
御寧と環境省環境保全隊幹部が速やかに派遣した地上部隊を前に、彼はエクラマ国防軍に対して防戦の指揮を執り、エクラマ国防軍将兵は指示通りの態勢を整えた。ところが、環境省環境保全隊の方が一枚上手であった。常識では考えられない進行速度で、エクラマ国防軍の守備部隊の鼻先を掠め、部隊と部隊の間の間隙をすり抜けていく。
そしてついに、首都陥落を許すに至った。
首都陥落どころか、一部の環境省環境保全隊の部隊はエクラマ共和国北部にまで進出し、人民革命国連邦軍と交戦状態に入っている。完敗である。
ただしもちろんユリーネの指揮は、国家に対する背信や国外勢力との内通にはあたらない。残念ながら敗北を喫してしまった結果であり、エクラマ共和国の国力を鑑みればやむをえない敗戦であった。
……そういうことになる予定、である。
「さて。本番はここから」
一方の御寧は議員控室の一室にて、『エクラマ自然公園』における戦況図を睨みつけていた。
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次回更新は11/17(火)を予定しております。
ここから日本国環境省環境保全隊と人民革命国連邦軍の対決を描いていくつもりです。
今後ともよろしくお願いいたします。




