■42.「全力を挙げて環境省(やつら)を見逃すんだ!」(前)
「何ッ、日本国環境省の者が来た!?」
ところがその翌日、エクラマ国防軍最先任幕僚長ユリーネは狂喜することとなった。交流と救援を求める使節を派遣できずにやきもきしていたところ、なんと日本国環境省環境保全隊の一団が接触してきたのだという。向こう側から来てくれるとは、彼は天祐を信じざるをえなかった。
「して、いまいずこに!?」
「現在、国境警備隊の屯所にいらっしゃるとのこと」
「よし、丁重にもてなせ! 粗相のないようにな、何事も丁寧に。こういうのは真心が大事だ。すぐに首都へお迎え――いや、待て」
この瞬間、ユリーネに魔が差した。
“封焔の塔”の共和議会と、その傀儡に近い内閣に、環境省環境保全隊の人間が接触を図ってきた旨を正直に報告するべきだろうか?
平時ならば共和制の軍人として、議会、内閣に当然ながら報告したであろう。
しかし、国防軍の苦境にもかかわらず、日本国環境省への使節派遣に対して強硬な反対姿勢を崩さなかった議員ども。彼らがその発言力、政治力を行使して環境省の人間を門前払いにする可能性は、十分考えられた。
「いま環境省の者は屯所にいるのだな?」
「え、ええ」
「わかった。鏡を用意せよ。環境省の者といま直接、話がしたい」
「“封焔の塔”にご報告は――」
「する必要はない。まず私が彼らと話をする。然る後に、私から議会と内閣へご報告申し上げる」
有無を言わさぬ調子のユリーネの言に部下は一応頷いたが、違和感も覚えた。
行政を取り仕切る内閣には、連絡をして然るべきではないか、と。
部下はもう一度、ユリーネに報告を上げなくてよいのか問おうとしたが、間が悪かった――エクラマ国防軍総司令部に凶報が舞い込んだのである。
「人民革命国連邦軍、大攻勢の兆候あり。その規模……算定不能!?」
◇◆◇
「こいつはまずいッ」
それから数日後――濃緑の外套を纏う冒険者は、最前線の壕でそれを体験した。
雪中、労力を惜しまずに運ばれてきた火砲による連続射撃。その下で機械戦車と銃兵から成る歩戦協同部隊が、最前線へにじり寄る。これに対し、エクラマ国防軍の士卒らは怯まずに射撃を加え、敵戦車と敵銃兵を引き剥がそうとした。
が、片や火力と装甲によって護られた部隊、片や勇気と肉弾によって維持される陣地。
どちらが先に限界を迎えるかは、自明の理であった。
「隣の陣地が抜かれたッ、お前は前じゃなくて横見とけ!」
「おい、ここ守る意味あるのか? 俺たちも退がった方がいいんじゃ……!」
「馬鹿ッ! 頭を上げるな!」
たった2輌の機械戦車と数名の銃兵が銃弾飛び交う雪原を突破し、国防軍将兵が篭る塹壕へ突入した瞬間、大局は決した。蟻の穿ったがごとき小さな穴が堤防を決壊せしめるように、戦線が崩れていく。逃亡、壊走、玉砕。
敵の戦車隊は斃れたエクラマ国防軍将兵の骸を踏みにじって一路、前進を続けた。目指すは首都ハルネルンである。否、首都ハルネルンに辿り着かなくともいい。彼らは行けるところまで――故障するまで、あるいは補給が途絶えるまで停止せずに突き進むつもりであった。
泥と雪と血肉が混じったペースト状のそれを引き伸ばしながら、戦車隊は往く。
「勝ったな」
戦車兵と銃兵らをコントロールする核心者らの誰もがそう思った。
しかも単なる勝利ではない。人民革命国連邦の重工業が可能とした芸術的な勝利である。当事者となる指揮官の誰もが、栄光という名の虹を雪中に見た。この一戦、この勝利は戦史上に刻まれることになるだろうとも思った。
「ハルネルンまであと50km、俺が一番乗りだ!」
最先頭を往く戦車中隊は、戦車跨乗兵とともに首都ハルネルンに続く街道沿いを驀進していた。反撃は散発的であり、そこに組織的なものを感じ取ることはない。彼らの進撃速度は国防軍の意思決定速度を上回り、あるいは国防軍に立て直しの時間を与えなかったのであろう。
「ん」
ところが、その快進撃は突如として終わりを迎えた。
雪が舞い散る中、先頭車輛が突如として火花を散らしたように見えた。と、次の瞬間には砲塔が爆ぜて爆炎が吹き上がり、濛々と立ち昇った黒煙は鈍色の空へ消えていった。
「は?」
指揮官役の核心者が呆けている間に、状況は急変した。
反撃のため、火焔を噴く先頭車輛の脇をすり抜けようとした機械戦車が急停止した。見やればほんの一瞬で車体左側が攻撃を受けて滅茶苦茶に破壊されたらしく、履帯が切れ、一部の転輪が脱落している。機動する戦車としては致命的な擱座。そしてその4秒後には、再び常人では捉えきれぬ高速で何かが閃き、2輌目の砲塔が吹き飛ばされた。
「後退せよッ! 後退!」
命令を下そうが下しまいが、彼らの運命はあらかた決まっていた。
重量数トンの機械戦車は、一方的に撃破されていく。10mm前後の装甲板など何の役にも立たないまま、いとも容易くぶち抜かれてしまい、その内部構造は徹底的に破壊されてしまった。
13輌の機械戦車のうち6輌を立て続けに撃破されたところで、彼らはようやくこれが攻撃魔術ではなく、遠方からの狙撃によるものだということを理解したが、それでもなお攻撃を仕掛ける敵の所在が分からない。
「なんなんだよッ――全車、後退せよ!」
栄光の夢想から敗北の現実に引き戻された核心者は慌てて後退、街道脇の森林へ身を隠すように命令したが、それに付き従う機械戦車はたったの5輌。2個小隊分、8輌の機械戦車は路傍で燻るスクラップとなってしまった。
その15分後、事前に前方へ派遣されていた斥候らが帰還を果たした。
「約1500m先に敵戦車が2輌、窪地に身を隠してやがる!」
「は? 敵戦車、だと?」
斥候を率いた核心者の報告に、戦車隊長は驚かざるをえない。なぜエクラマ国防軍が戦車を備えている――しかもこの遠距離で一方的にこちらの装甲を射貫するほどの強力な戦車を!
「怪物――」
戦車隊長がぽつりと呟くとともにその遥か前方、2輌の戦車が窪地から街道上に身を曝け出した。人民革命国連邦軍の機械戦車とは一線を画する重量50トンの怪物が、雪を蹴り、地を抉る。純白の擬装布を砲身と砲塔に纏い、車体に帯状の白色塗装が施された鋼鉄の塊は雪を蹴立てて次の瞬間、街道上を駆け出した。
と、同時にその長大な戦車砲を巡らせる。ぴたりと一点を照準する、40cm以上の装甲板をも穿つその凶器。
数秒後にはその砲口から高速の一弾が弾き出され、虚空を舞う氷晶を吹き飛ばし吹き飛ばし、最後には木々の合間に分け入って隠れたつもりになっている機械戦車の車体前面をぶち抜き、それだけに飽き足らず内部を滅茶苦茶に破壊し、車体後面の装甲板まで刺し貫いてみせた。
続けて本来ならばこの異世界には存在しないはずの主力戦車は、射撃を加えていく。
「反撃しろ! 反撃――」
2分とかからず、人民革命国連邦軍の戦車隊はこの主力戦車を照準すら出来ないまま全滅した。
否、反撃が出来たとしても勝ち目はなかっただろう。
日本国環境省環境保全隊の主力戦車――90式戦車。
その複合装甲は強力なAPFSDSでなければ、撃ち抜けないのだから。
◇◆◇
次回更新は11/15(日)を予定しております。




