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■41.まもろう、みんなの明日(みらい)!(後)

わたくしのことはいいですっ! だからお父様っ、ぜったいに諦めないで!」


 バルバコア帝国の手の者と河川を挟んでの対陣。

 痺れを切らして先に渡河攻撃に出た方が不利になると分かっているが故の膠着状態の中、敵野戦軍の戦列の一部が崩れ、ひとりのエルフが土手へ突き出された。そのとしは、人間基準からしても若い。

 少女は原始的なゴーレムに挟まれていた。

 見やれば彼女の脚と、土くれで出来たゴーレムの胴体とが繋がれている。


「ヴォーリズ、あれは貴様の娘ではないか」


 同輩の古強者ふるつわものが、問う。


「……違うな」


 かぶりを振った。

 ここからでは少女の顔など、よく見えない。見えはしないのだ。

 しかし、と周囲のエルフが言い淀んでいると、敵陣から大音声だいおんじょうで誰かが怒鳴った。


「ヴォーリズゥ! 薄汚い脱走家畜のヴォーリズゥ! これよりお前の雌猿を殺す!」


 後悔しろ、お前のせいだ、股裂きの刑で激痛の中でこいつは死ぬ、そんなことを敵兵は怒鳴っていた。

 対するエルフたちは怒気をはらんだ。戦陣に憤怒が渦巻き、見る見る間に殺意が空気中へ放射される。それを肌で感じ取った。まずい。


「ヴォーリズ、仕掛けよう。見殺しにはできない」

「駄目だ。渡河して土手を登って仕掛けるのはリスクが大きすぎる。すでに迂回して側撃を試みる別働隊ハンマーを出しているんだ。我々はとこにならなければ……」

「だが」


 そこで再び、少女が叫んだ。


「ぜったいに、諦めないで!」


 次の瞬間、少女の喉から獣のような絶叫が捻り出された。

 それだけでもう何が起きているのか、起きたのか、よくわかった。

 目をつむる。訪れる闇――。


「殺せ! 殺せ! 日本国の敵を、全て殺せ!」


 そして新たな少女の声。

 正当なる復讐。正義の殺戮。解放のための虐殺。

 無抵抗の人間を射殺し、焼殺し、撫で斬りにしていく。


「これが、“諦めない”ことだったのか?」


 そこで、目が覚める。


 ……。


 時は、前後する。

 エルフを導く立場となった抵抗者ヴォーリズは、ここしばらく悪夢に悩まされている。悪夢は数百年前から何度もリフレインしてきた光景から始まるのだが、最近はその“後”に聖領での虐殺が付け加えられるようになった。


(結局、エルフ日章軍は環境省に利用されているだけではないか)


 聖領の占領から暫くして、エルフ日章軍は一時解散する運びとなった。

 精神的指導者たるシンシルリアは環境省の指示に従い、焼け落ちた“友和の塔”の下、義勇兵らにこうべを垂れて感謝と解散の辞を告げた。ヴォーリズにとっては少し意外であったが、シンシルリアに権力や地位に対する執着心はないらしい。士卒らは再び環境省が提供する施設へ帰るか、また郷里となる森と村が残っている者で希望するのであれば、そこへ戻ることも許された。

 その後に聖領に進駐したのは、環境省環境保全隊である。


(エルフ日章軍の苛烈な占領の後に、環境省環境保全隊の進出だ。多少の抵抗はあっただろうが、それでもエルフ日章軍よりはマシ、と歓迎されただろうな)


 汚いやり口だ、とヴォーリズは思いつつも異論を唱えることはない。

 むしろ日本国環境省には、感謝さえしている。彼らの力と、清濁併せ呑むというよりは正義を掲げて躊躇なく敵を排除していくやり方がなければ、エルフは未だ奴隷のままであった。それどころか、自身は円形都市で死んでいたのである。


「ヴォーリズさんは悩みすぎだって! うまい飯に、数百年ぶりの葡萄酒、そして村の再建! 何が不満なんだ?」

「そりゃエルフの国までは作れそうにないよ! でもそれはニンゲンどもも一緒だろ? バルバコアの貴族連中も、ほとんどが皇帝クソに付き従う羽虫だった。俺たちだって環境省に従っていればいい、それじゃダメなのか?」

「そうそう。やっと勝ち取れたんだ、先のことを考えようぜ!」


 と、郷里に帰るというエルフに声をかけられ、ヴォーリズは頷いた。

 真理である。だが一方で今回の出来事を総括することなく、このままでいいのかというもやもやした気持ちもあった。環境省に飴を与えられているだけで、いいように利用されているのではないか、という疑念もある。


「エクラマというところへ、一緒に来てはくれないか」


 そんなとき、ヴォーリズは希少種保全推進室長の御寧に声をかけられた。


「エクラマ――エクラマ共和国か」


 ああ、と御寧はぎこちなく頷いた。


「新人類を名乗る連中が攻め寄せてきているという情報を掴んだ。もしもエクラマが占領されれば、そのまま『バルバコア自然公園』に南侵するかもしれない。俺はエクラマとの接触役と情報収集役を兼ねて往くことになった。そこで、助言役が欲しい。俺たちはまだこの世界に疎い。行く先々でセイタ……エルフとも遭遇する機会があるかもしれない。無用な衝突は避けたい」

「……」

「ちなみにシンシルリアも同行する」

「……行こう」


 ヴォーリズは即決した。

 目下、やることを失ったというのがひとつ。

 それから、もう一度シンシルリアと向き合わなければならないという思いがひとつ。


 彼らは『バルバコア自然公園』内を空路で移動し、その後は辺境を陸路で北進することとなった。


◇◆◇


 エクラマ共和国の状況は日に日に悪化していた。

 これは敵が新戦術――戦車跨乗兵を投入したことが大きい。機械戦車に銃兵を乗せて突撃するのである。そして昼夜兼行の執拗な攻撃。機械戦車に対抗できるのは強力な魔術が使える傭兵を除けば、爆弾を抱えた歩兵の肉薄攻撃しかないが、先の戦車跨乗兵が機械戦車の援護についたため、うまくいかなくなっている。

 脅威は機械戦車と、戦車跨乗兵だけではない。

 うしおの如く、敵兵が押し寄せる。エクラマ国防軍が寡兵であっても質的に優位ならばまだ勝ち目があったかもしれないが、実際のところ質の上でも彼らは劣弱であった。辛うじて傭兵の活躍で敵攻勢の立ち上がりを潰し、防戦に成功しているものの、限界が近づきつつあることは誰の目からも見ても明らかであった。

 薄氷を踏むような危うさ。

 仮に防衛線の一部でも綻び、穴が空けば、そこに敵の機械戦車は殺到するだろう。そして続くのは、防衛線全体の崩壊である。


「我々は決死の覚悟で防戦しております。しかしながら、」


 エクラマ国防軍最先任幕僚長ユリーネは、首都ハルネルン中心部にそびえる“封焔ふうえんの塔”の共和議会にて演説したが、議員からの反応は乏しかった。


(こいつら、今回も何とかなるとでも思っているのか?)


 エクラマ共和国は、制限君主制・議院内閣制国家である。

 世襲の君主は君臨すれども統治せず。行政は内閣が司る。が、他国に対する外交使節の派遣や条約の締結は、内閣の独断では行えず、必ず議会の承認が必要ということになっていた。

 つまり、日本国環境省へ救援を求めるには、議会にて過半数の賛成を獲得しなければならず、故にこうしてユリーネは議会にて刻々と悪化する戦況を説明している。

 ところが居並ぶ議員らは、渋面か無表情であった。

 それどころか居眠りしている者までいる始末だ。


「また予算が欲しいだけじゃないのか!」

「人民革命国連邦軍は先の革命と粛清の嵐で、さしたる能力はないはずだぞ!」

「国防軍は手を抜いているんじゃないのかぁ?」


 攻撃的な議員の中には、野次を飛ばす者もいる。


(阿呆はバルバコア帝国皇帝だけじゃなかったか)


 彼らは過去の幸運から人民革命国連邦軍を軽侮けいぶしている。エクラマ共和国は単に、相手の失策で生き残ってこられただけだということに、まったく気づいていない。加えて議員たちは日本国環境省を恐れてもいたのだろう。

 が、議員の野次にむきになって反駁はんばくしても無駄であることを、ユリーネは知っている。激昂しても言葉尻をとられて、話題を変えられるだけだ。そのため彼は、ただ淡々と情勢を説明するだけに留まった。


「力になれず、すまぬ」


 夕刻。“封焔ふうえんの塔”をあとにして、エクラマ国防軍総司令部に戻ろうとするユリーネを呼び止めたのは、若き国王エンデルバーサである。


「貴君の忠誠はわかっている」


 金髪碧眼の彼の言葉に、ユリーネはこうべを垂れた。

 ところがしかし、このままでは手詰まりである。国王エンデルバーサとエクラマ国防軍最先任幕僚長ユリーネに、いまエクラマ共和国を守る力は、ない。




◇◆◇


■42.「全力を挙げて環境省を見逃すんだ!」に続きます。

次回更新は11月13日(金)となります。

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