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■40.まもろう、みんなの明日(みらい)!(前)

 旧陸上自衛隊大宮駐屯地(埼玉県さいたま市)にて打ち合わせを終えた翌日、休みの逆田井は新宿の官舎を出ると、レンタカーでセダンを借りた。

 親切そうな中年の店員は「最近は物騒なので防弾仕様の車が人気なんですよ」とわざわざ防弾仕様車のカタログを引っ張り出し、1本しかない腕で卓上に押さえてあれこれと指差して説明してくれたが、逆田井はやんわりと断った。防弾仕様といっても、単に防弾処理を施したガラスを申し訳程度に使っているだけであり、車体は拳銃弾で容易に抜かれてしまうことを彼女は知っている。防弾ガラスの方も多くの自動車警ら隊が採用しているMP5短機関銃や89式小銃の前では無力だ。でなければ、誰でも借りられるレンタカーが犯罪に使われたとき、目も当てられない。

 どこかヤニ臭い銀のセダンを転がしていく先は、東京駅だ。

 直線距離でみれば大したことはないが、永田町や皇居周辺を大きく迂回するために余計な時間がかかる。


「新東名高速道下り、新富士インターチェンジ付近では故障車が原因で通行規制中。規制解除は午前11時頃になる見込みです。続いて……」


 ラジオから流れてくる高速道路情報に耳を傾けていた逆田井は、何も変わっていないと軽い失望を覚えた。本当に故障車が原因で通行規制中ならばいいが、経験上“故障車”とは犯行前に捕らえたIEDを積んだ乗用車の処理や、カーチェイスの末に生起した銃撃戦を指していることが多い。


「変わっていないのは、検問の多さもか」


 気づけば渋滞にはまっていた。地方はともかく、東京都心の検問は厳しい。

 ふとガラスの外を見やれば、そこには昨日の濁った空はない。どこか霞んでみえる青空があった。そこを警視庁航空隊のジェット機M-346が横切っていく。山岳キャンプに潜む過激派集団を蹴散らせる軽攻撃機仕様のものだ。


「まあ、異世界に行っていた数か月でそんなに変わるわけないか」


 短機関銃で武装した警官たちが固める検問を幾つかクリアして、ようやく東京駅八重州中央口前のパーキングに着いた逆田井は、東京駅――を横断し、東京駅東側の丸の内駅前広場に出る。

 都心にぽっかりと空いた広大な空間。

 その中央には高さ数mの漆黒――慰霊碑が鎮座している。


「あ」


 歩き始めてから花を買うことを忘れていたことに気づいた。

 が、もしも父の魂魄こんぱくというものが実在するのであれば、細かいことは気にしないであろうと思い直し、彼女は無手むでのまま慰霊碑に向かった。

 すでに慰霊碑の下には、ひざまずく数名の人影がある。東京駅における同時多発テロ事件、その犠牲者は400名にものぼった。毎日、献花と黙祷を捧げにくる遺族はあとを絶たない。

 逆田井もまた、手を合わせた。

 その横では年老いた女性が嗚咽おえつをもらしている。


(いつか必ず決着はつける)


 無感情のまま、逆田井は瞳を閉じる。

 異世界でナサエシキに語った通り、彼女は戦争を嫌っている。

 だがしかし、自身と自身に近しい者を守るためならば大量破壊兵器の使用もいとわないのも、また彼女であった。


◇◆◇


「日本国を敵に回さなくてよかったナ……」


 冬季戦技教育隊による神出鬼没の遊撃戦と、鳥獣保護管理室長の藍前を中核とする鳥獣保護顧問団(傍目から見れば軍事顧問団)の到着から、エイドライスタ北方辺境防護伯の一族郎党、家臣団は安堵半分、畏敬半分にそう言い合っていた。

 滅亡したバルバコア帝国に恩を受けたはずの高級貴族、エイドライスタ北方辺境防護伯もまた、頷かざるをえない。


「これで当座、領民が連中の堆肥とされることはないのう」


 鳥獣保護顧問団とともに北方辺境防護伯領入りしたのは、冬季戦技教育隊なる200名程度の士卒と、本隊投入前の情報収集・情報交換を目的とした数十名のスタッフであった。

 万単位の敵と対峙するエイドライスタ北方辺境防護伯らからすると、心許こころもとない。帝国直轄軍と諸侯軍をちぎっては投げ、ちぎっては投げの環境省ならばすぐさま数千、1万の兵を送ってくれるのではないかと期待していたからだ。正直に言えば、がっかりした。

 が、彼らはすぐにそれが見込み違いであることを知った。


来寇らいこうです! 少なくとも2個連隊、約4000!」


 鳥獣保護顧問団が入領した数日後、人民革命国連邦軍による攻勢があった。

 そのとき、エイドライスタ北方辺境防護伯からするとあまりにも若すぎる男、藍前は悠然と「せっかくですから、うちの本部管理部隊から増援を出しましょう。撃退の一助になるかもしれません」と申し出た。家臣団の中には、「大口を叩く」「お手並み拝見といこうじゃないか」とわらう者もいたが、とにかくエイドライスタ北方辺境防護伯は援軍を依頼することにした。

 端的に言えば、冬季戦技教育隊の一部と管理部隊の一部から成る100名の兵は、攻勢の出鼻を華麗に挫いてみせた。

 リヤカーなる荷車や人力で運搬可能な曲射砲(迫撃砲と呼ぶらしい)は、突撃する敵の頭上に砲弾の雨を降らせた。発射の様子を見学していた家臣がいうには、「芸術」であったらしい。人力装填と発射がリズムよく行われ、発射速度は1分間に10発以上を数えたという。

 最前線では単銃身の連発銃と、無反動砲という個人で携帯できる砲が大活躍した。とにかくひとりあたりの火力が、北方辺境防護伯野戦軍の比ではないのである。吶喊する敵を容易に薙ぎ倒し、突撃を支援する直協の機械戦車を瞬く間に6輌、撃破してしまった。

 

「日本人は、強い――」


 北鎮を使命として生まれ育った家臣たちは、感心した。

 軍事テクノロジーもさることながら、その練度に、である。

 どんなに優れた武器であっても使うのは人間であるし、テクノロジーで火力を上げることは出来ても、人体の防御力を上げることは出来ない。家臣たちが注目したのは、彼らひとりひとりが敵から姿を隠すことや、敵が届かない場所から攻撃を仕掛けること、砲による攻撃の後は必ず移動することを徹底しているところだった。だから敵から反撃を受けないのだ。


「なるほど、優れた軍法だ。皇帝が破れるのも無理はない」


 それだけで彼ら家臣団の警戒心は解けてしまった。

 もともと北の脅威に備える彼らは、力こそ正義という考え方が根強い。バルバコア帝国皇帝に付き従っていたのも、彼が有する軍事力に一目置いていたからである。プライドなど不要、要るのは明日を生きるための実力のみ――彼らは質実剛健を地でいく男たちであった。


 そして藍前から提示された条件もまた悪くなかった。


隣接領域エクラマへの不可侵。加えてセイタカ・チョウジュ・ザルの使役のいっさいを停止し、可能な限り速やかに全個体を引き渡すこと。とりあえずこのふたつさえ約束すれば、一族郎党、家臣、領民の安全を保障してくれるというのだから、ありがたいことだの」


 エイドライスタ北方辺境防護伯からすれば、実質タダのようなものであった。

 セイタカ・チョウジュ・ザルを主とする奴隷制度が崩壊することで、労働力不足が問題となるのではないかという恐れもあったが、その時はその時でまた環境省に相談してみようという気にエイドライスタ北方辺境防護伯はなっていた。


(節操がないとも思うが、これも生存戦略よ)


 古老の貴族は、日本国環境省に帰順することに何の抵抗も感じていない。

 家族や忠誠を誓ってくれる家臣団、そしてこれまで従容として税を納め、時には祝福さえしてくれる領民を、家名や矜持で守れるほどこの世界は優しくない。

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