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■4.刮目して見よ、これが環境省流交渉術!

 鬼威ら環境省幹部と完全武装した保全隊員は、港湾海防連隊の副長とその部下により故・連隊長の城館じょうかんへ案内されていた。この城館のあるじは四肢を引き千切られ、全身に鉄片を浴びてすでに絶命したが、この城館は港湾から少々離れた場所にあるため、難を逃れたらしい。

 自動小銃や無反動砲を携えた隊員らは、城門の内側への進入こそ許されたものの、中庭で待機することとなった。


「あまり気持ちがいいものじゃないな」


 彼らが待つように指示された中庭は、外壁に取り囲まれている。

 事が起これば、敵は銃兵を城壁の上に配置して、散々に撃ちかけてくるであろう。

 で、あるから1個小隊の保全隊員らは、気を緩めることなく全周警戒の態勢を整えた。

 事前に実施された旧アメリカ合衆国・海軍関係者からの聞き取り調査によると、このバルバコア・インペリアル・ヒトモドキの軍事テクノロジーの程度は、19世紀から20世紀初頭レベルであるらしい。前時代的なライフル銃で射撃してくるならば、こちらは自動小銃で無慈悲に粉砕するまでであった。


 さて。客間に通された鬼威ら環境省幹部と、付いてくることが許された2名の護衛は、そのまましばらく待たされた。


「罠ですかね」


 護衛を務める隊員は小声で、そして日本語で言った(事前に旧アメリカ海軍と接触しているバルバコア・インペリアル・ヒトモドキは英語を解するが、日本語はまったく分からない)。流石にテクノロジーに雲泥の差があるとはいえ、敵地に入り込むのは気持ちがいいものではない。

 その弱気を、外来生物対策室長・逆田井は一蹴した。


「罠だとしても所詮は猿知恵でしょう」


 とは言われたものの、護衛の隊員が身につけている携行武器は、自動拳銃と事前に刃付けしておいた銃剣、加えて日本国内で購入しておいた私物のナイフである。自動小銃は持ち込みが許されなかったため、やむをえなかったがこれではやはり心もとないというのが人情だった。

 そのやりとりを聞いていた野生生物課長の鬼威は、首を振った。


「心配しても始まらん。人類を人類たらしめる献身は、いつの時代にも必要だ。ここで彼らの手にかかって死ぬのならば、我々もそれまでだったということよ。その後はまた新たな環境省職員がこの地を踏み、我々が成し遂げられなかったこの事業を継いでくれる」


 護衛の心配をよそに、副長の部下に連れられてまた別室に通された。

 その部屋は豪奢の一言であった。靴底が沈み込むような深紅の絨毯が敷き詰められ、天井からは装飾された照明具が吊り下げられている。奇異なのは部屋の前面が一段高くなっており、その中央に巨大な鏡が据え付けられているようだった。


「会見の間、でございます」


 副長のぎこちない英語で、一同は合点がいった。

 何らかの魔術であの鏡を使用して高官と会談させようというのであろう。

 だがしかし、一同を不快にさせたのはその後の出来事であった。


「どうぞこちらへおかけください」

「……どういうことだね」


 副長に案内された座席は、生きていた。

 惨いと言わざるをえない。座椅子となっているのは生きている人間――否、バルバコア・インペリアル・ヒトモドキとはまた別の動物であった。長く鋭い耳、若草色の髪。全裸で土下座のように手足を折りたたんでそこにいる。

「もしやこれが」、と鳥獣保護管理室長の藍前が息を呑んだ。


「遠慮します」


 野生生物課長の鬼威が何か言う前に、外来生物対策室長の逆田井が声を上げた。続けて日本語で「野蛮な習性だ」と吐き捨てた。騎乗目的でなくただ動物に腰かけるなど、面白いものではない。


「いえいえ、遠慮なさらず」


 副長は何か勘違いをしていた。


「確かにこのセイタカ・チョウジュ・ザルは大変高価です。US.NAVYの皆様にお売りするとなれば100万ドル相当の物品は頂かなくてはなりません。しかしながら今回は……」


「いや、結構」


 鬼威が多少強い語気で言うと、そこで初めて相手は引き下がった。


「それから先程も名乗ったとおり、我々はUS.NAVYではない」


「そ、そうでした。MOE(Ministry of the Environment)の皆様でしたね」


 副長は引き下がり、一同は結局立ったまま、会談開始を待つことになった。


◇◆◇


 バルバコア帝国辺境海護伯を自称するバルバコア・インペリアル・ヒトモドキのフォークラント=ローエンとの会談は、環境省の面々を1分でいらつかせた。態度が尊大である上に、なぜか「MOEは賠償金がわりに1億ドル相当の船舶を無償提供すべし」と要求してきたのである。


「賠償金を要求したいのは、こっちだよ」


 と、護衛の隊員は日本語でつぶやいた。

 どう考えても非は向こうにあるだろう。先制攻撃を仕掛けてきたのは向こうだし、売られた喧嘩を買った形で緒戦に勝利したのはこちらだ。せめて謝罪のひとつでもしたらどうか。普通の神経をしていればそうするだろう。


「謝ったら死ぬタイプの人間なんじゃないか?」


 いや、と護衛同士の話に鳥獣保護管理室長の藍前が口を挟んだ。


「そういう習性なのだろう。非があれば謝罪するのは人間の常識だが、彼らは動物だからね。自分のやったこともすぐ忘れてしまうし、他者に対して条件反射的な行動――例えば人間に対して餌を求めるような、ね。そういうことをしてしまうのは、仕方がないことなんだよ」


「そこの者、黙れッ! 発言者はこの私だ!」


「怒られてんじゃないっすか……」


 日本語で長々とお喋りしていた鳥獣保護管理室長の藍前が、バルバコア・インペリアル・ヒトモドキのフォークラント=ローエンに怒鳴られ、ふたりの護衛はにやりと笑った。

 フォークラント=ローエンを弁護するのであれば、実は彼も副長に騙されていたという事情がある。副長は港湾海防連隊の完全敗北を隠し、「勝敗はイーブン……否、やや有利での停戦」と報告していたので、フォークラント=ローエンは多少強気に押した方がいいと判断したのだった。

 しかしながら絶対強者である環境省の面々は、鏡に映し出された不健康そうな高級貴族のげんを真に受けることなく、むしろ排泄物を投げつけてくる動物園の猿を見ているくらいの感覚でいた。

 つまり、この時点で交渉は成立していなかったが、決裂したわけでもなかった。

 が、このあとのフォークラント=ローエンが放った不用意な一言が、両者の対立を決定的なものにしてしまった。


「もしもこの正当なる要求が受け容れられないのであれば、お前たちMOEはそこのセイタカ・チョウジュ・ザル同様、絶滅への道を辿ることになる」


「絶滅? 誰が、何を絶滅させるというのです?」


 聞き返したのは、鬼威であった。

 一方のフォークラントは、尊大な態度と口ぶりを崩さない。


「このバルバコア帝国が、貴様らをそこのセイタカ・チョウジュ・ザルのように惨めな奴隷に落としてやる。それだけではない。抵抗する者はすべて皆殺しだ。いずれ絶滅の運命をたど」


 その1秒後。希少種保全推進室長の御寧が、まるで大型のネコ科動物のように動いた。御寧から数歩の位置に立っていた副長の首根っこを掴むと、そのまま床に叩きつける。何が起こったか分からないといった風情の副長は、次の瞬間には顔面を破壊されていた。御寧の靴裏がめり込んでいる。


「あ゛、が」


「は? は?」とフォークラントが呆けている合間にも、そのまま御寧は副長の襟首を掴み、鳥獣保護管理室長の藍前の足下にまで引きずってきた。

 藍前は微笑を浮かべたまま、「暴力こそ最高の異文化コミュニケーション」と言ってから副長を蹴り始める。環境省職員が履く革靴の先は、作業靴のように鉄板が入っているのは周知の事実。かつて東京都内に潜伏していたCIA工作員を恐怖におとしいれた“ECO”(the Enviroment's COmbat=環境戦闘術)は、殺すことなく効率的に副長の肋骨をへし折り、彼の戦闘力を効率よく奪った。


「なにか勘違いをしているな」


 鬼威は深いため息をついた。


「残念だがやはり野生の鳥獣には、まず痛みによる調教が必要なようだ」

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