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■38.白い悪魔のニンジン狩り!


 粉雪の舞う深夜。

 戦線の後方では人民革命国連邦軍の車列が雪道を行き交っている。

 数多くの機械戦車や野戦砲、小火器など、強力な火力を誇る連邦軍だが、その一方で彼らは日々、膨大な物資を必要とする。前線における機械戦車の可動率を維持するためには、機械油や部品の供給を絶やさないことが大切であるし、彼らが誇る新兵器、多銃身式連発銃は戦闘ともなれば、1時間で数百発の銃弾を撃ち尽くしてしまう。

 無際限の労働力に裏打ちされた生産力がこの近代戦を支えているわけであるが、次なる問題はこの膨大な物資を、昼夜を問わず送り込まなければならないということであった。

 かつて“海の民”の指導の下で敷設された鉄道網は、工業地帯を中心に存在するものの、結局のところ最後には、機械戦車やロロと呼ばれる大型のシカめいた使役動物にソリを曳かせ、昼夜兼行の陸上輸送を行っている。


「……」


 凍死者が出てもおかしくない夜天の下、警備を務める連邦軍の兵卒らは愚痴を口にすることもなくただ沈黙とともに立っている。実際、彼らに感情はほとんどない。状況を判断したり、物事に対して感想を抱いたりするのは中間層の核心者マンダラゲ以上の存在である。

 そして最前線への輸送を監督する少数の核心者マンダラゲたちは、油断しきっていた。


(最前線を敵が突破してくるはずもなし。そしてこの補給路の側面は雪山に守られている。気楽なものだ……)


 自然は敵であり、同時に味方でもあった。雪山を踏破して夜間に輸送部隊を襲撃するなど、ありえない。彼らの常識から言えば、攻撃を仕掛ける前に遭難する危険性が高い無謀な挑戦である。

 故に、彼らは虚を衝かれた。


「な――!」


 最先頭を走る機械戦車が突如として轟然、火を噴いた。車体後部と砲塔の継ぎ目から吐き出された炎は、周囲の闇を払いのけ、味方兵士の姿を照らし出してしまう。同時に最後尾の機械戦車もまた、84mm無反動砲の射撃を車体側面に受けて、擱座かくざした。


「山林から撃たれている!」


 指揮者マンダラゲの絶叫を小銃弾と40mmグレネード弾の発射音が掻き消した。ソリに積まれた燃料缶が爆発炎上するのを背後に、警戒にあたっていた士卒らは小銃を構える。が、闇の中に閃く発射炎を視認することは出来ても、距離感はまったく掴めない。そのまま銃撃を受けて、射殺されていく。


「後進しろ、離脱するんだ」

「無理だ、殿しんがりもやられてるんだ!」


 最先頭と最後尾が攻撃を受けたことで、全体が立ち往生していた。さらに隊列中央目掛けてミニミ軽機関銃が5.56mm弾を雨霰あめあられと叩きつけたため、前後で分断されるという惨状に陥った。感情が抑制されている士卒らが恐慌状態に陥ることはないが、有効な手立てがない以上、彼らは突っ立っている木偶と同じである。


(敵は暗視装置を持たない。一方的に叩くチャンスだ……)


 一方、緩やかな斜面の木立、その合間に潜む白衣のつわものらは、無表情のまま熾烈な攻撃を続けた。

 機械戦車のすべてを84mm無反動砲で撃破し、ソリに積まれた物資へ40mmグレネード弾を撃ちかける。機械戦車に曳かれていたソリの列は、今や火焔の長蛇と化していた。


「攻撃成功――」


 戦果を確認すると同時に、白色の外衣を纏った男たちは背後の夜闇へ消えていく。彼らはみな、北海道で戦技を磨いた冬季レンジャーである。冬季戦は勿論のこと、山中での遊撃戦にも長けており、冷戦期から旧陸上自衛隊が誇る最精鋭として知られていた。

 責任感の強い指揮官は追跡隊を組織して、この冬季レンジャーらを捕捉しようと彼らを追ったが、そのことごとくが行方不明となった。

 その翌日には燃料や武器弾薬の集積所が、歩哨らを殺害しながら接近してきた冬季レンジャーにより爆破され、付近の急斜面では雪崩が発生し、一部の輸送路が寸断される二次被害が発生した。


「遊撃戦に長けた敵が、周辺に潜伏している模様」

「南方の旧人類どもも考えたようだが、所詮は少数の遊撃隊であろう。遊撃戦による戦術的勝利の連続で戦争に勝った例などありはしないわ」


 襲撃を受けた輸送部隊や物資集積所から、最も近い位置にある連隊本部では、連隊長をはじめとする指揮官たちがパトロール等、警備態勢の見直しを迫られていた。異世界でも頭脳を働かせて、兵卒らを動かす幹部が優遇されるのは変わらない。彼らは暖かいログハウスで、計画を練っていた。


「ん」


 が、彼らの思考と議論は、突然打ち切られた。


「砲声?」


 その数秒後、ログハウスの一角が崩れ、粉々に砕けた木片と身を切り裂くような外気が彼ら幹部を襲った。


「敵襲――!?」


 椅子からひっくり返った連隊長が起き上がる間もなく、2発目、3発目の砲弾がログハウスの天井をぶち抜き、炸裂する。撒き散らされた無数の弾片は、従兵の肩を射抜き、副官の脳天を貫き、連隊長の下腹部に突き刺さった。


「よし、撤収する!」


 連隊本部から1km以上離れた地点より迫撃砲を以て攻撃をした冬季レンジャー隊員らは、速やかに砲を解体すると、山中へと逃げ帰っていく。

 彼らを精鋭たらしめているのは、その体力である。迫撃砲や84mm無反動砲といった重量物や、数日間の作戦行動に必要な食料や水、燃料を背負って行軍する。しかも死の危険が常に付きまとう雪山で、である。到底、常人では真似できない。

 故についた渾名は冬戦“狂”。彼ら冬季戦技教育隊は、環境省環境保全隊の主力部隊が到着するまでの間、八面六臂の活躍をみせ、敵中を撹乱した。

 人民革命国連邦軍は意外な敵の反撃に、驚かざるをえない。




◇◆◇


次回更新は11月8日(日)となります。

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