■37.ヒトガタ・ロウドウニンジン「俺が、俺たちが、新人類(ニンゲン)だ!」
「閣下。人民革命国連邦最高指導部より停戦協定破棄の通告が来ています。“われわれ新人類は、あなたがた旧人類をこの大陸から駆逐する”。“抵抗は無意味である、われわれ新人類のために奉仕するか、あるいはわれわれの子供のための堆肥となるか。どちらかを選べ”。とのことです」
エクラマ共和国領内にて一進一退の防衛戦が繰り広げられる中、バルバコア・インペリアル・ヒトモドキの北方辺境防護伯の許にも人民革命国連邦から事実上の宣戦布告が届いていた。
「言ってくれるのう――」
北方辺境防護伯は齢80に達しようという古老、エイドライスタ=ヒュミットである。暖炉の前で安楽椅子に腰かけるこの北方辺境防護伯は、白い顎鬚を撫でながら、控える一族郎党、家臣らに告げた。
「先の戦役と同様、持久戦で以て対処する」
彼の息子や孫、家臣たちは顔を見合わせた。先の人民革命国連邦軍との戦争では、敵の第一撃をエイドライスタの指揮の下で食い止め、帝国直轄軍や他の諸侯が率いる手勢の増援を待って反撃に移り、勝利した。ところがしかし、此度は状況が違う。
「閣下。もはや精強を誇った直轄軍はなく、他の諸侯軍も――南部の諸侯は環境省環境保全隊との対戦で蹂躙の憂き目に遭い、また中央部・北部の諸侯は多くが革命軍に参加し、帝都と運命を共にしたと聞いております」
「うむ」
家臣の言葉に、エイドライスタ北方辺境防護伯は頷いた。
つまるところ持久戦を展開したとしても、増援の見込みがないのである。友好的な関係とは口が裂けても言えないエクラマ共和国と連携したとしても、人民革命国連邦軍を撃退することはかなわない。あとは旧大陸の西端に、アーデッシュ王国という反人民革命国連邦勢力があるが、連携はおろか連絡を取り合うことさえも難しかった。
「雑草もどきどもめ……」忌々しげに言ったのは、エイドライスタの長男である。「連中が攻勢に出るにしても春か夏を迎えてからだと思っていたが」
「うむ」
と、エイドライスタ北方辺境防護伯は再度頷いた。先に家臣が触れた、増援の見込みがないことも彼はすでに認識していたし、長男の愚痴も彼からすれば何の生産性もない言であったが、とりあえず耳を傾けていた。他の家臣の泣き言もひとしきり聞いてから、彼は口を開いた。
「おそらく連中も雪と泥のシーズンを避け、夏以降に仕掛ける予定だったろう。だが、情勢を見て急遽、予定を繰り上げたとみえる。エクラマ共和国が持ち堪えているのが、その証拠よ」
「成程……」
「だが、このままでは勝機はない」
「……」
「故に、我々は自ら日本国環境省『バルバコア自然公園』に庇護を求めよう」
その途端、賛否両論が上った。
やはり日本国環境省に対する不信感がまず付いて回る。北方辺境防護伯は代々に亘って進取の気風が強いため、すでに騎エルフ隊は廃止されており、新型装甲ゴーレムへの更新が進んでいる。とはいえ長年、セイタカ・チョウジュ・ザルを奴隷として扱ってきたことは否定出来ない事実であり、環境省の助力をあてに出来るかは疑問であった。彼らにしてみれば、自領に招き入れたが最後、いかなる背後から斬りつけてくる可能性がないとは言えなかった。
「しかし、領民が生き残るにはこれしかなかろうて? 他に何か良案はあるか?」
が、エイドライスタ北方辺境防護伯が訊くと、何も出てこない。
結局のところ、この日の議論は救援を求める使者を環境省へ送ることでまとまった。エイドライスタ自身、不安はある。しかし、皇帝陛下や他の高級貴族らが惨敗を喫した時点で、遅かれ早かれもう貴族の時代は終わるのだと認めざるをえなかったし、北方辺境防護伯の地位がどうなろうがとにかくひとりでも多くの領民を助けることが出来れば、それで御の字だと考えていた。
さて、エクラマ共和国とエイドライスタ北方辺境防護伯の運命を握っている日本国環境省は、と言えば、上から下まで業務に忙殺されていた。『バルバコア自然公園』の治安維持、帰順しようとしない旧バルバコア帝国貴族に対する処置、新たに解放されたセイタカ・チョウジュ・ザルの保護、インフラの整備。
「エイドライスタ北方辺境防護伯を自称するバルバコア・インペリアル・ヒトモドキの使者が、会見を求めています」
「勿論会う」
と、野生生物課長の鬼威は即答したが、その前に現時点で派遣できる部隊の確認をとった。治安維持や補給、休養のために即座に動かせる部隊は多くない。それでも旧陸上自衛隊北部方面隊所属部隊を中心にして、北鎮部隊が組織されることとなった。
「拙速に過ぎませんか」
外来生物対策室長の逆田井は鬼威に言ったが、鬼威は頭を振った。
「拙速でいい。総武省が人民革命国連邦を人類国家と同等の“脅威”と見做す前に、我々が北方辺境防護伯領に展開し、彼らに対して勝利を収めておくことが大切だ。人民革命国連邦――」
「一部のバルバコア・インペリアル・ヒトモドキたちは彼らのことを、ヒトガタ・ロウドウニンジンと呼称しているそうです。“海の民”の来航により始まった重工業化に伴い、大規模栽培が始まった労役用の種が、指導者を得て革命を起こしたのだとか……」
「では、これより我々もヒトガタ・ロウドウニンジンと彼らを呼称しよう。彼らヒトガタ・ロウドウニンジンは人類、国家、脅威にあらず――異世界における新種の動植物であり、調査を継続していく。そして利用、共存、駆除、あらゆる選択肢を検討していこう」
願わくば共存できる道を模索したいものだ、と鬼威は当然ながら思っていたが、その期待は早々に裏切られることになる。
それはヒトガタ・ロウドウニンジンが自身のことを“新人類”と称しており、バルバコア・インペリアル・ヒトモドキやセイタカ・チョウジュ・ザル、そして環境省職員らを“旧人類”として扱い、侵略の対象としているからである。
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次回更新は11/6(金)、■38.白い悪魔のニンジン狩り! に続きます。




