■36.北方の中小国vs畑で兵隊採れる国!?
聖領から遥か北方。エクラマ共和国においては雪中、戦端が開かれていた。
超大国・人民革命国連邦軍による南侵である。エクラマ共和国へ差し向けられたその戦力はおよそ10万。魔術士はおらず、みな総じて“畑から採れる兵隊”であるものの、優れた工業力によって全員が小銃や手榴弾、鉄帽、胸甲で完全武装している。
「前面に機械戦車ッ!」
さらにその先頭を往くのは、雪野と泥海を掻き分けて進む機械戦車。これは20年前に“海の民”が持ち込んだ装甲車輛の縮小劣化型でしかない代物だが、無限軌道と全周装甲、旋回式砲塔はエクラマ共和国軍を圧倒するのには十分に過ぎた。
一方のエクラマ共和国は、守勢の後に反撃する戦略を採った。
守るべき共和国の土地、国民を強制的に徴用して築かせた陣地、動員兵から成る肉壁、使えそうなものは全部使って機械戦車の衝撃力を吸収し、人海の波濤を受け止める。それから新たに雇い入れた傭兵集団をぶつけて、敵に膨大な出血を強いるのだ。
「敵が多すぎる、雪原が白く見えない!」
「それじゃわからんッ」
「くそったれえ! 人影の黒が7分に、雪原の白が3分! 黒が7分に、白が3分だ!」
エクラマ国防軍の前線将兵は、感情なくひたひたと押し寄せる敵の大群に対して、決死の抗戦を展開した。巧妙に擬装した陣地に潜み、南方から流れてきたライフリング銃や旧式のマスケット銃で射撃し、敵兵が近づくと勇敢にも白刃とともに迎え撃つ。迫る機械戦車に対しては火炎瓶や爆弾を使った肉薄攻撃に打って出て、少なくない数の敵戦車を撃破した。
「シィッ――」
そうして足止めを食らったまま夜を迎え、雪中の前線にて野営することになった連邦軍の士卒は、突如として冬季迷彩に身を包んだ小さい影に襲撃された。奇妙な呼吸音と鎖帷子がこすれる音だけが響き、歩哨が喉笛を掻き切られて絶命する。噴き出た体液の飛沫、氷晶の塊が舞う中を、顔面の右半分が焼きただれた少女が跳ぶ。
歩哨が絶命したことに気づいた連邦軍の一兵卒たちは、一斉に天幕を張った壕から這い出ようとしたが、次の瞬間には壕内に少女が放った手榴弾が炸裂していた。
(さすが環境保全隊の武器……)
再び彼女は駆け、跳んだ。着地とともに、黒髪が覗く純白のフードを深くかぶり直す。そうして闇の黒と、雪の白に混じった。彼女が投擲したのは、環境保全隊がこの世界に持ち込んだ手榴弾であった。断じて盗んだわけではない。撃破されたAAV7から見つけたり、戦場を巡る“廃品回収業者”から購入したりしたものである。
雪上を舐めるような低い姿勢で走る。そうしてまた彼女は、新たに見つけた立哨に体当たりした。降り積もった雪へうつ伏せに転倒した彼は、次の瞬間には首筋から冷たい体液をほとばしらせる。
その無音に近い彼女の戦いとは対照的に、少し離れた場所では遠雷のような轟音が響き渡っていた。比喩ではない。誰かが雷撃の魔術を振るっているのであろう。彼女の他にも、エクラマ国防軍から依頼を請けた冒険者は大勢いる。前線の方々(ほうぼう)で、腕の立つ冒険者や傭兵は連邦軍の前線部隊に斬り込みをかけていた。
(連邦が勝ったらホントに仕事がなくなっちまうぜ)
連邦軍の戦闘機が出てこない降雪の夜をいいことに、頭上を我が物顔で飛び回る空戦魔術士を見上げながら、濃緑の外套を纏う男は溜息をついた。
白い息が生まれて、消える。
人民革命国連邦に彼ら冒険者のような特異な生き方や、ユニークは存在することさえ認められない。どこまでも個を捨てた人民と、技術力や思考力を有しているが連邦に強い忠誠心を抱いている核心者、そしてそれらを支配する指導者による絶対階層社会。
(環境省環境保全隊の攻勢によるバルバコア帝国の崩壊は、ある意味ではエクラマ共和国の助け舟になったか……)
空戦魔術士が放つ【火球】が、空を焦がした。
バルバコア帝国の崩壊により、エクラマ共和国へ食い詰めた傭兵団や戦場を求める冒険者、ライフリング銃や野戦砲をはじめとする火器が流入した。おそらくこの現象がなければ、エクラマ共和国は一矢報いることも出来ないまま蹂躙され、新たな人民を養うための農地になっただろう。
(が、この冬は越せても、春、夏までこのエクラマ共和国が保つとは到底思えない)
再び男は白い息を吐いた。
その吐息の向こう。夜空に流星が翔け、南の空へと消えていった。
「日本国環境省の助けを借りるしかない、ってか?」
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次回更新は11月3日(火)となります。




