■34.緊急SOS!聖領のサル全部●す大作戦!(前)
聖戦軍と交戦すること三度、その度にエルフ日章軍はこれを退けた。初戦こそ無謀に近い白兵戦に臨んだが、その後はセイタカ・チョウジュ・ザルの義勇兵も落ち着き、遊撃隊が敵を疲弊させたところを、森林を往く本隊が退路を断つ戦術で敵部隊を全滅状態へ追い込んでいる。
(しかしながら、苛烈だ)
と、ヴォーリズは思わざるをえない。
エルフ日章軍は捕虜をとることをしなかった。殺すか、殺されるか、である。数百年前に最愛の娘を“股裂きの刑”に処されたヴォーリズは復讐に燃えていたし、二度と同胞を鎖に繋がせるつもりはなかった。が、無抵抗の人間を虐殺するのは、間違っていると思う。
エルフの義勇兵らはヴォーリズの作戦指揮には忠実に従うのだが、最前線では皆殺しという無法を働いていた。というよりも、敵の投降を受け容れるという概念がない。これまで隷属の期間が長すぎたため、戦争という文化に触れてこなかったせいかもしれなかった。
「シンシア。君からも何か言ってはくれまいか?」
ヴォーリズはエルフ日章軍の精神的支柱であるシンシルリアに、残虐行為を停止する呼びかけを依頼したが、彼女は頭を振った。それどころか、
「『環境少女、日日野まもりR!』では、守護天使の日日野まもりがミサイリアー・ホップンコンギョクに情けをかけたために、京都府民約3万名が虐殺されました。この事件を機に、まもりはいかなる事情があっても敵を赦さないことを決めたのです」
と、ヴォーリズからすると、半ば意味不明な反駁を彼女はした。
またヴォーリズと同じく戦奴上がりの参謀役らも、捕虜に関しては渋い顔である。エルフ日章軍の主計を担当するオオツノ・ニクグライ(俗称:オーガ)は面倒臭そうに、
「確かに降参してくるやつを殺すのは心が痛むが、かといって捕虜にしたところで食い物も与えられないし、後送もできねえよ」
と、ヴォーリズに告げた。
事実、エルフ日章軍は糧食や飲料を自活出来ていない。
「おっ、来た! 定期便だぞ!」
日に1、2回、環境省環境保全隊のC-2戦術輸送機がエルフ日章軍の後方に飛来すると、エルフ日章軍は貴重な兵力を割き、輸送部隊を派遣する。C-2が食料を初めとする様々な物資をエルフ日章軍のために空中投下するので、これを回収するのである。環境省環境保全隊はこれを“給餌”と呼んでいることを、彼らは知る由もなく、「これぞエルフ守護神である環境省の御業よ!」と純粋に喜んでいた。
また環境省環境保全隊は少数機のV-22を派遣し、戦傷を負ったセイタカ・チョウジュ・ザルの後送を請け負っている。
このように彼らエルフ日章軍の補給や連絡は、環境省環境保全隊のバックアップによって成り立っているのだが、捕虜に供する物資の余裕があるかと言われれば、微妙なところであった。
(確かに、相手を助けてやるだけの蓄えもなし……)
ヴォーリズは連戦に次ぐ連戦で戦力が消耗することを恐れていたが、現実にはエルフ日章軍の頭数だけは減るどころか増加傾向にあった。それは追撃に追撃を重ねてバルバコア帝国内に入り込んだ彼らが、行く先々で奴隷となっていた者たちを解放するためであり、また貴族と貴族の領地の境界線上に点在する手つかずの森から、噂を聞きつけたエルフの志願兵らが、続々と合流するためでもあった。
「帝都の直轄軍、革命軍どもは何をしているか!?」
一方の聖領首脳陣は、誤算に次ぐ誤算に頭を抱えていた。
まず彼らが行動を起こしたのは、環境省環境保全隊の主力が遥か西方、帝都の攻略にあたっていたためである。帝国勢力圏において最も巨大な都市である帝都が、そう容易く陥落するはずもない。際限なく続く市街戦により、環境保全隊はしばらくの間、帝都に釘付けにされるはず。その虚を衝いた挙兵であった。
しかし現実には、環境省環境保全隊は帝都にわずかな時間しか割かなかった。灰燼と化した帝都に占領部隊を配置すると、機械化部隊を先頭に東方、つまりこの聖領めがけて攻勢に出たのである。
加えて問題になったのが、想像以上に強力なセイタカ・チョウジュ・ザル主体の諸族混成戦闘団の出現であった。
聖戦軍が、後退する。大兵力を誇り、戦意も高いはずの聖戦軍が、圧倒されて後退する。否、後退できたのならばいい方だ。実際には多くの隊が、包囲殲滅されていた。
「このままでは二正面から雪崩れこまれるぞ! どうするつもりか!?」
「そんなことは分かりきっていること! いま財を擲って傭兵を募り、遊撃部隊、機動部隊を組織しているところだ!」
ナサエシキを除いた3名の高級神官らは、半ば怒鳴り合いながら新たな軍事戦略を固めていた。
西方から押し寄せる環境省環境保全隊本隊と、南方から逆襲を仕掛けてきた諸族混成戦闘団とでは、当然ながら行軍速度が異なる。合流にも時間がかかるであろう。であるから、聖領中心部で待ち構えるのではなく、機動部隊を以て聖領の外へ打って出て各個撃破を図ることに決めた。
「それで傭兵、冒険者の募集は順調なのだろうな」
ところが、思わぬ逆風が吹き始めている。
仕事に飢えているはずの傭兵らが、聖戦軍の徴募に応じない。理由は単純で、独自の情報網を有する傭兵らは、環境省環境保全隊の機械力と火力の凄まじさを認識し始めていたし、聖戦軍に勝ち目がないことも理解していたためである。勿論、優秀な傭兵達を掻き集めて機動部隊を用意出来たとしても、環境省環境保全隊の東進を阻むことは不可能であったのだが。
そういうわけで優れた機動力を発揮し、容赦ない殺戮に長ける第10即応機動連隊を先頭にして敵陣をズタズタに引き裂き、東進を続けてきた第11旅団は、特に有力な聖戦軍部隊と遭遇することもなく、聖領へ迫った。
「もはや聖領にて決戦を挑むほかないっ!」
高級神官らは悲壮な覚悟とともに、そう豪語した。
が、骸の上に舞い上がる白龍を模した部隊マークをつけた第10即応機動連隊の96式装輪装甲車の車列は、聖領に突入することなく方向転換した。一路、北へ――聖領の境界線を掠めるように、その北側を通過していく。
「どういうことだ?」
と、聖領の高官らは首を捻らざるをえない。
その後も環境省環境保全隊の機械化部隊は続々と聖領付近にまで到着したが、聖領には一歩も足を踏み入れようとはせず、その西側から北側にかけてを固めるに留まった。
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次回更新は10月31日(土)を予定しております。




