■33.日章軍vs聖戦軍!
南下する聖戦軍とこれを迎え撃つエルフ日章軍の交戦は、航空戦力のぶつかり合いから始まった。と言っても、大層なものではない。小競り合いである。偵察にあたっていたエルフ日章軍側の有翼族――ハネツキ・オカアルキを排除すべく、聖戦軍側の航空魔術士2名が上がり、攻撃を仕掛けたに過ぎない。ハネツキ・オカアルキは攻撃魔術が使えるわけではなく、短弓で武装しているだけであるから、真正面から戦おうとはせず、すぐさま眼下の森林へ逃れた。
「逃げ出した家畜どもがよ……」
航空魔術士らは舌打ちし、後方の先遣隊と本隊にハネツキ・オカアルキと遭遇した旨を連絡した。
「野生のハネツキならいいが、環境省に通じているハネツキだったら面倒臭せえ」
「本隊はともかく、先遣隊の位置はバレたかもな!」
どこか他人事のように2名の航空魔術士は言い合い、そのまま空中哨戒へ移る。彼らは聖領の教えを頭から信じているわけではなく、単に“聖戦”という口実の下に略奪を働きたい傭兵であった。
「敵の先遣隊は約200名。本隊は1000名から2000名――」
「まあ1個連隊か。一度にもっと来るかと思ったが、少なくて結構」
対するエルフ日章軍は複数のハネツキ・オカアルキから、すでに先遣隊・本隊の所在を掴んでおり、戦闘態勢を整えつつあった。指揮を執るのは400年に亘ってバルバコア帝国に抵抗してきたセイタカ・チョウジュ・ザルの戦士、ヴォーリズだ。彼はホウテン円形都市から救出された後、日章教開祖のシンシルリアに乞われるまま、日章軍の訓練にあたっており、現在も日章軍の司令官として戦闘指揮にあたっている。
「どうせこのあと、何個も来やがるんだろうなア」
そのヴォーリズの左右を固めるのは、ヴォーリズと同様にホウテン円形都市に囚われていた戦奴であった。多くの者は最前線での槍働きを望んだが、中には戦略・戦術に長けた者もおり、彼らが参謀役となっている。正直なところ彼ら首脳陣はセミ・プロ集団であり、ただ復讐のために知恵を出し合っているという趣が強かった。
「日日野まもりが対峙した敵を思えば、1000名や10000名などさしたる相手ではありません」
しかしながら、軍事上の最高指揮官であるヴォーリズと、自ら前線司令部に身を置いているシンシルリア――そして、日章軍のほとんどを占めるセイタカ・チョウジュ・ザルらは違う。
……戦意に満ち溢れていた。戦略的・戦術的後退ならともかく、潰走や降伏など絶対にありえない。なにせ捕まれば、屈辱と虐待の果てに殺される。故に目の前の敵を鏖殺するほかない。
「数の上では不利かもしれない。だがしかし、我々が勇戦して聖戦軍の足止めに成功すれば、最後には必ず勝つ」
ヴォーリズが決断的に言ったとき、立て続けに銃声が響いた。
本隊よりも前方に配置しているアゴヒゲ・ヨウセイ(俗称:ドワーフ)の銃兵が狙撃を開始し、敵の先遣隊が反撃したのであろう。すぐに両軍相撃つ激戦になることは、疑いようがなかった。
「来たよ! 来たよ!」
テノヒラ・テアシムシ(俗称:ピクシー)が騒ぎ立てる中、雑木林に潜むアゴヒゲ・ヨウセイの銃兵は、呼吸を止めたままライフリング銃の引き金を静かに引いた。秒速数百mの凶弾は最先頭の騎兵の顔面に飛びこみ、鼻梁を貫徹し、そのまま脳髄を破壊した。
続けて他のアゴヒゲ・ヨウセイらも発砲し、街道を不用意に進んできた騎エルフ隊に向かって散々に撃ちかけた。
「敵かッ」
「畜生ォ、四方八方から撃ちかけてきやがる!」
実際のところ、アゴヒゲ・ヨウセイの銃兵は10名前後に過ぎない。環境省から武器を供与されているわけではないため、鹵獲したライフリング銃や部品、弾薬で編成された銃隊である。騎エルフ隊の騎兵らは下馬し、銃撃戦に応じたが敵勢力の全貌はわからない。
聖戦軍先遣隊も到着したが、緩慢な射撃戦は続いた。アゴヒゲ・ヨウセイの銃兵に加えてセイタカ・チョウジュ・ザルの弓兵が展開して攻撃を開始したために、先遣隊は近づけない。それどころか、ただただ死傷者が増えていく。
「何をしているのですか」
この進軍の遅滞に、先遣隊後方の本隊にて陣頭指揮を執る高級神官ナサエシキは、周囲に問うた。それだけで十分であった。先遣隊の後方にある主力の本隊が動いた。
「殺せ、犯せ、盗め――」
先の航空魔術士や先遣隊の騎エルフ兵とは異なり、彼ら本隊の様相は狂気を孕んでいた。戦列を組み、整然と歩んでいく。純白の襷をかけた彼らは、矢弾の雨にもひるまない。恐怖していないのだ。感情が麻痺しているのか?
否。
「なんと恐ろしい天の試練……」
「これが他者を殺すという愚ですか」
彼らはみな、泣いていた。
他者を傷つけ、殺さなくてはならないことに、である。
「天よ、ご照覧あれ。必ずやあの者たちをこの手で殺めてみせますっ!」
と、同時に満面の笑みも浮かべていた。
天に認められるチャンスが回ってきたことに狂喜してもいるのである。
「天は、神は、我々を見ている!」
「応ォ――!」
聖戦に赴く信徒たちは教義という麻薬と、糧食の中に混ぜられた麻薬によって、一種のトランス状態に陥っている。故に、悲喜を爆発させながら、矢弾の激流を逆行することさえ可能なのであった。
そうして彼我、本隊の距離が詰まって何が起きたかと言えば、壮絶な白兵戦である。
「ようよう来たな!? この偽善者どもがァ!」
「我々の正義のために死んでくれてありがとォおおおおお゛!」
血に飢えたオオ・ヒトトカゲ(俗称:リザードマン)が巨大な戦斧を振るい、最前の狂信者たちを薙いだかと思えば、ぽっかりと空いたその空間に戦鎚を携えた聖教徒らが押し寄せる。その横では、興奮から命令を忘れて前へ躍り出たセイタカ・チョウジュ・ザルらが、長槍や長剣で聖教徒と殺し合いを始めていた。
「【火球投射】! 【火球投射】!」
そのセイタカ・チョウジュ・ザルの合間を飛び交うテノヒラ・テアシムシは、嗤いながら日日野まもりの必殺技を真似て、火球を繰り出し、次々と聖教徒たちを焼死体へ変えていく。その火傷だらけの死体を踏みつけて、突出するセイタカ・チョウジュ・ザルらは次の瞬間に返り討ちに遭って脳漿をぶちまけていた。
「指揮に従え!」
ヴォーリズは焦った。
事前の作戦は、射撃戦を継続しながら後退し続け、敵に出血を強いるというものだった。企図していたのは主力同士の激突ではなく、まず遊撃戦によって相手を消耗させることであった。平野部では逃げるわけにはいかないが、この森林地帯であれば、それが可能だった。
しかしながら、エルフ日章軍の高すぎる士気がそれを許さなかった。元・戦奴らは相手を撫で斬りにしたがっていたし、多くのエルフらもまた初陣に奮い立ち、前へ前へと出たがっていた。
故に、この乱戦が生じていた。
並みの相手ならばエルフ日章軍の必死の吶喊に退くであろう。その間に、士卒の頭を冷やさせて、隊をまとめることが出来る。……のだが、今回の相手も決死である。これでは勝負がつかないまま、殺し合い、消耗することになってしまう。いまこの瞬間も、短槍を構えたエルフの槍隊が聖戦軍を突き崩し、その側面をリザードマンの抜刀隊が斬り払っており、それに対して聖教徒たちは全方向から殴りかかっている。
(もはや行くところまで、行くしかないか?)
考えても始まらないとヴォーリズも吶喊しようかと迷い始めた時分、ようやく解決の糸口がもたらされた。
「おおっ! 助けがきたぞ!」
「我々の勇戦に応えてくれたか!」
空中に現れたのはAH-64D――現地ではファイアフライと呼ばれている怪物であった。
敵味方が混淆している最前線では友軍誤射の可能性があるため、ハイドラロケットの狙いを最も北側にいる隊につけ、斉射した。さらに聖戦軍の旗を目印に、30mm機関砲弾を叩きこんでいく。
現代兵器の前では、信念も、狂気も、揃って意味をなさない。
「見なさい。この日章旗に逆らう者はみな、ああなるのです」
シンシルリアが哄笑する。
ヴォーリズがそれに戸惑っている内に、エルフ日章軍はさらに勢いを増して吶喊し、立ち塞がる敵兵を次々と斬り捨てていった。最後には麻薬の効果が切れ、逃げたり、降伏しようとしたりする教徒らを皆殺しにする。
こうして解放に向けた“第一戦”は、寡兵のエルフ日章軍による勝利に終わった。
……そう、この勝利は彼らの第一歩に過ぎないのである。
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■34.緊急SOS!聖領のサル全部●す大作戦! に続きます。
次回更新は10月29日(木)を予定しております。




