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■30.「天運を引き寄せる勇気が必要だ」って言ったのは皇帝だからね?

 当初から固定翼機の運用を目的に建造されたいずも型執行艦『かが』より発艦し、哨戒にあたっていたE-2C早期警戒機は、遥か遠方に艦隊司令官ウバルカルが指揮する装甲艦隊を捉えた。


「北方に避退していたか」


 と、『かが』の第5執行隊群司令を務める東雲司しののめつかさは反応したが、特に狼狽する様子もない。淡々と『かが』から攻撃隊を出撃させるように命令を下した。おそらく敵艦隊の指揮官は悲壮な覚悟を以て、突撃を敢行してきているに違いない。だが、それにつき合ってやる義理はなかった。


「アローヘッド、こちらコントロール。発艦を許可する」


 爆発的推力を以て、F-35Bが舞い上がる。名実ともに現行機最強の第5世代戦闘機4機は各機、翼下に空対地誘導弾6発を携えて北へ向かった。発艦から攻撃まで、30分もかからない。結果はすぐに出る。

 この第1次攻撃隊による航空攻撃の標的となったのは、8隻の装甲フリゲートから成る前衛艦隊であった。装甲艦隊側の上空援護にいている高速航空騎兵隊は、F-35Bの接近を察知することすら出来なかった。これはF-35Bが有するステルス性能のためではなく、単純にF-35Bは航空騎兵の注意が及ばない遥か高空、しかも25km先から攻撃を試みたためである。

 そんなわけで前衛艦隊は警告もないまま、航空攻撃に晒される形となった。高度数千メートルの上空から1隻あたり3発の凶弾が時速1100kmを超える超高速で、逆落としに襲いかかる。直轄軍の装甲フリゲートはみな甲板に30mmから40mmの装甲を張り、垂直防御を想定した設計の最新型であったが、約100kgの成形炸薬弾頭に対しては無力だった。


「やられたッ」


 装甲フリゲートの頭上を守る航空騎兵らは、黒煙の狭間で眼下の破滅を眺めるほかない。

 甲板がめくれ上がり、あるいは黒煙と炎を曳きながら航行する装甲フリゲート。即座に沈むことはないが、さりとて滅茶苦茶に破壊された艦上構造物に内臓や肉片、千切れた上半身が引っかかって血を流し、艦内に火が回り始めている状態で、戦闘力が残っているかと言われればそれはまた別問題であった。


(敵艦を望むことすら、かなわないか――?)


 前衛艦隊の全艦が被弾炎上したという報告に、艦隊司令官ウバルカルは顔色ひとつ変えなかったが、内心では勝ち目がないことを悟った。敵の航空部隊は高速で、反復攻撃が可能だ。それに対して装甲艦隊が敵艦を砲戦距離に捉えるには、楽観的に考えてもあと4、5時間はかかるはずである。


 艦隊司令官ウバルカルの予想は、正しい。

 執行艦隊側は第1次攻撃隊の帰艦と戦果報告、そして敵本隊の現在地情報を待ってから、第2次攻撃隊を送り出した。


(二次大戦終盤と立場が入れ替わった、か)


 東雲司は内心では敵に同情しているが、それをおくびにも出さないし、万全の態勢を整えていた。

 F-35Bから成る攻撃隊はあと数次に亘って出撃可能。もしも航空攻撃を堪え凌ぐようであれば、北方へ展開した『はたかぜ』・『しまかぜ』・『あさぎり』・『せとぎり』の4隻が艦対艦誘導弾で迎え撃ち、最悪の場合は速射砲による砲戦を以てこれを撃退する。また高速騎兵を撃退できる執行艦の援護の下であれば、ヘリコプター搭載型執行艦のAH-64DやSH-60による対艦攻撃も選択肢に入ってくる。

 故に執行艦隊の幕僚らは、装甲艦隊をさほどの脅威とは感じていなかった。


 さて、嬲り殺しである。

 元・海上自衛隊の将官である東雲司は航空優勢を失った後の帝国海軍を連想していたが、現実はそれよりも悲惨であった。なにせ装甲艦隊は対空兵装をもたない。当初、環境省関係者は直轄軍がレシプロ戦闘機に近い速力を持つ高速航空騎兵を実戦化している以上、対空砲を備えているのでは、と警戒していたがそれは杞憂だった。高速航空騎兵隊の攻撃力では、艦上構造物に火を点ける程度が精一杯であるし、艦隊防空はその高速航空騎兵隊がやるから心配無用、というのが彼らの思考だったらしい。

 ところが実際のところ、航空騎兵はF-35Bに追い縋ることさえ許されない。

 第2次攻撃隊は炎上しながら航行を続ける前衛艦隊を無視し、ついに本隊に攻撃を加えた。本隊最先頭の装甲艦、満載排水量1万トンに達しようかという『イラルキティ』は3発の空対地誘導弾を浴び、足が鈍ったところを約900kgのレーザー誘導爆弾の直撃を受けた。この『イラルキティ』も轟沈することはなかったが、その後しばらくして弾薬類に引火したか、大爆発を起こして艦体と人体の破片を海面へ投げ出すに至った。

 他の艦艇も、同じようなものである。

 何も出来ないまま天祐を信じて吶喊し、被撃破の憂き目に遭っていく。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛」


 安全な宮殿では知る由もなかった現実に、皇帝キルビジアス11世は打ちのめされていた。最新鋭戦艦『テイエルディルス』で最も分厚い装甲に覆われた司令塔にいる彼と、艦隊司令官ウバルカルのもとには次々と味方艦被弾炎上の報が届く。『テイエルディルス』もまた、すでに1発の空対艦誘導弾の直撃を受けていた。堅牢な構造のおかげで重要区画まで貫かれることはなかったが、一部で火災が発生。すぐに消し止めることに成功したものの、いつ新たな攻撃を受けるかわかったものではなかった。


「頼むッ、頼む! ウバルカル! 戻ってくれえ、俺が悪かった! 北へ戻ってくれ!」


 第二次攻撃隊が去ると、皇帝キルビジアス11世は膝をつき、艦隊司令官に懇願した。環境省への降伏さえ口に出した。それを無視し、艦隊司令官ウバルカルは状況の掌握に努めた。無傷、あるいは『テイエルディルス』のように戦闘力を残している装甲艦は、まだ6隻残っていた。


「本艦が先陣を切る」


 位置関係の都合から『テイエルディルス』を最先頭となす単縦陣に再編され、また彼らは死出の突撃を再開した。艦隊司令官ウバルカルに、退却という思考はない。それが分かっていても、皇帝キルビジアス11世は激怒し、懇願し、泣き叫んだ。俺はここで終わっていい人間ではないのだ、と。

 だから声を枯らして彼は吼えた。

 そこに亜音速で突入してきたハープーン対艦ミサイルの破片と、粉砕された装甲の塊と、衝撃波と、爆炎と、何かが司令塔の内部に流れこみ、全てを破壊し尽くした。




◇◆◇


次回更新は10月22日(木)となります。

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