■29.珍事、御前海戦!?
皇帝キルビジアス11世を乗せた旧式装甲艦ハレイカルバニアは、最大速力約15ノットで北方へ逃れた。これに気づいた革命軍は装甲フリゲート4隻による追撃を決意したが、時すでに遅し――装甲艦隊主力がすでに北方へ避退していることや、艦隊司令官ウバルカルが皇帝から理不尽な叱責を受けていたことから、装甲艦隊が皇帝に味方することはない、と決めつけていた皇族公爵バルハルダロスの失策であった。
実際のところ、艦隊司令官ウバルカルは皇帝キルビジアス11世に絶対の忠誠を誓っていたわけではない。だがしかし、自身を取り立てた先帝には恩義を感じていたし、自身の職責を果たそうという矜持もあった。であるから、他の貴族らがこそこそとクーデターの準備を整えている間に、艦隊司令官ウバルカルは万が一の際の救出計画を練っていた。
(と、言ってもな)
しかし、後が続かない。
艦隊司令官ウバルカルは皇帝キルビジアス11世を保護して、海上へ遁走するところまでは考えていたが、その後は考えていなかった。というよりも、考えられない。早晩、軍港は革命軍に占領されてしまうだろう。
その南方では皇族公爵バルハルダロスらが連合艦隊を編成し、海上追撃戦の構えを見せていた。彼らもまた焦っていた。皇帝キルビジアス11世は愚帝であるが、他の貴族連中から見ればまだ利用価値はある。彼が洋上から徹底抗戦と、「勝利の暁には逆賊の旧領を分け与える」と呼びかければ、皇族公爵や他の大貴族らが広大な領土を有していることに不満をくすぶらせている貴族が、大義名分を得て運動を始める恐れがあった。そうなれば、革命戦争は長期化する。
「我が方は海上戦力では劣勢である。が、勝利条件は遥かにシンプルだ。皇帝陛下がご座乗あそばされている艦艇のみを撃沈することができればよい」
装甲フリゲート数隻から成る革命軍の艦隊は、北進を開始した。
ところがその追撃戦もさほど続かなかった。
突如として肉眼では追いきれない高速の何かが、最先頭を往く装甲フリゲート『フォウルトバーニン』の左舷に直撃した。爆発炎上。
「事故――!?」
呆気にとられる後続艦は、その十数秒後に同じ運命を辿った。
舷側装甲200mm前後を誇る装甲フリゲート『セルザルヴォドス』もまた、高速飛翔体に突っ込まれた。幸運にも装甲が貫徹されることはなかったが、しかし亜音速の破片と爆風は艦上構造物を破壊し、一瞬でこれを廃艦としてしまった。
「皇帝が率いる装甲艦隊の……反撃か?」
「そんなわけがない。初弾命中、しかも一撃で装甲艦を撃破する――そんな砲を備えた水上艦艇が地上にあってたまるかよ!」
唯一生き残ったのは、戦列の最後尾かつ沿岸部に最も近い海域を航行していた装甲フリゲート『レピサトクリ』である。生き残った、と言ってもその姿は無残だ。敵弾に突っ込まれた艦首部は潰れており、そのまま前傾姿勢で着底しているような有様である。
「戦果を確認せよ」
その革命軍連合艦隊の遥か西方、P-1哨戒機が緩旋回する。91式空対艦誘導弾による対艦攻撃を終えて離脱する2機と入れ違いに、優れたセンサーを有するF-35B戦闘機2機と、早期警戒機E-2Cが大陸沿岸部上空にまで達した。
帝都西方の軍港を防衛する敵艦隊、壊滅――その勝報を受けて、日本国環境省環境保全隊海洋保全執行艦隊は大挙して、帝都西方の海岸線に押し寄せた。環境保全隊は陸路を平押しするのではなく、一足飛びに帝都を陥とすことを決断したのである。
その執行艦隊の行動に先んじて、新たに築かれた前線基地から出撃したF-15SEX-J戦闘攻撃機とAC-1攻撃機による航空攻撃が、帝都と帝都に集う革命軍を直撃する。
「環境省め、早いッ!」
皇族公爵バルハルダロスは舌打ちこそしたが、それ以上悪態をつくこともなく、自身に協力する諸侯に「臆するな」と檄を飛ばした。
「環境省の航空攻撃は所詮、一過性のもの。真に恐れるべきは地上部隊。海空に対する見張りを厳とせよ」
時間はなかったが革命軍は野戦築城に手をつけ、環境省環境保全隊を迎え撃つ態勢を整え始めていた。
そこへ水陸両用部隊を抱えた海洋保全執行艦隊が、波濤のごとく押し寄せる。旗艦はいずも型執行艦『かが』。彼女に率いられる形でおおすみ型執行艦や複数隻の中型揚陸艦が陣形を組み、『はたかぜ』から『しらぬい』に至るまで10隻を超える護衛役の水上艦艇が周囲を固めていた。
そしてその遥か北方でも、ひとりの男が号令を発した。
「全艦、機関再動! これより帝都を脅かす敵艦隊に決戦を挑む!」
応ッ――という叫びとともに島影に隠れて擬装していた装甲艦が時間をかけながらも動き出し、戦陣を組む。そのまま皇帝直轄、最強の装甲艦隊は艦首を南へ向けた。地上に残してきた冒険者や傭兵らによる魔力波通信のリレーで、敵艦隊来たるの情報を入手した艦隊司令官ウバルカル。彼の目的はもちろんただひとつ。環境省環境保全隊の輸送船団の横腹を食い破る!
「ま、まて。まさかこのまま戦場へ向かうつもりか!?」
旗艦となる最新鋭戦艦『テイエルディルス』に移った皇帝キルビジアス11世は、自らが最前線に出るという可能性を考えていなかったため、狼狽して艦隊司令官ウバルカルに問うた。が、海の武人はただ一言、「ご覚悟ください」と言い放って会話を終わらせた。
「な……っ」
呆然とする皇帝キルビジアス11世を尻目に、海上の士卒らは覚悟を固めていた。もはや陸に帰ることは出来ない。ならば海上で散るほかないのである。
「大局を考えろ、この愚か者ども! 北方へ脱出し、朕が自ら諸侯に参集を呼びかければ……」
「帝国臣民を連中の毒牙にかけるわけにはいかない。装甲艦隊の誇りとともに死ぬぞ」
「雄々(おお)っ――」
「朕の話を聞けぇ!」
皇帝キルビジアス11世の絶叫を乗せて、装甲艦隊は南下を開始する。
……勿論、その動きを海洋保全執行艦隊が擁する早期警戒機は捉えており、ついに彼我の間で海戦が生起した。
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次回更新は10月20日(火)となります。




