■27.そこまで言ってい異(い)、世界!?
聖領とはバルバコア帝国内において、一種の畏敬を以て接される宗教組織だ。
彼らが奉じる教えは単純明快である。
“例外”を除いては、不殺。
可能な限り動物を殺さず、肉食もしない。しないとともに、この教えを世界中に広めようとしているのが彼らであり、周辺の領主たちからは冷ややかに見られている。ところが、聖領は極めて優れた治癒の魔術を有しており、帝国中で聖領出身の医者が活躍している上、宮中の女官の一部にも繋がりがあるため、無視することも難しい存在だった。
ただこの異世界においては不殺や肉食禁忌は極めてストイックな教えであり、修行も厳しいことで知られている。先に触れたところだと、神官ハーネが修行中の身で聖領から出奔していたが、こうした脱走者は少なくない。
「この旧大陸にこれ以上、戦禍をもたらすのはおやめください」
現地視察中の環境省・外来生物対策室長、逆田井二葉との面会を許された高級神官ナサエシキは開口一番そう言った。
「戦禍?」
プレハブ事務所の片隅。
逆田井はコーヒーを啜ると、心外そうに眉をひそめた。
相対する高級神官ナサエシキとその背後に立つ付き人は、こくりと頷いた。臆することなく、言を継ぐ。
「あなたがた日本国環境省環境保全隊は、旧大陸の秩序を乱している。無用の殺戮が蔓延し、いまこの瞬間も多くの生命が失われ、森や川が損なわれています」
「環境省は環境保護のために全力を挙げているのみ。戦禍を拡大させているという認識はなく、戦争に関して言えば私は基本的に反対の立場にいる」
「ならば……」
と言いかけた高級神官ナサエシキを、逆田井は制した。
「だがしかし、先に引き金を引いたのはそちらだ」
「それが事実だとすれば、大変不幸な事故でした。バルバコア帝国中央政府は真摯な対応とともに、責任者の処分を下すでしょう」
「交渉するつもりはない」
逆田井二葉は断固たる口調で言った。
彼女からすると、ともすれば危害を加えようとしてくる害獣と交渉するなど、非常識にほかならなかった。誰が畑を荒らすサルと話し合いの場を持とうとするのか、といった心情である。
ところがそのあたりの機微は、高級神官ナサエシキにはわからない。
「戦争が自然環境に与える負荷は極めて大きいことは明白です。我々はこの星を、自然を、生命を守らなければなりません。そうでしょう?」
と、高級神官ナサエシキは諦めずに口説こうとするが、逆田井はそれを無視した。
彼女は軍事組織同士がぶつかり合う現代戦争には原則、反対のスタンスであるし、戦争が自然環境に変化をもたらすことは知っている。だが、それはいま行っている害獣相手の駆除活動とは、何の関係もなかった。これは対等な人類同士の争いではなく、一方的な害獣駆除――逆田井の経験からすると環境に対する影響など無視できるレベルである。
「……」
「……」
数十秒の沈黙の後、逆田井は言った。
「傲慢だな」
「な、なんですか」
今度、眉をひそめたのは高級神官ナサエシキの方であった。
傲慢、とは清廉潔白を是とする彼女にとってすれば最大級の侮辱に等しい。
ところがそのあたりの機微は、逆田井二葉にはわからない。
「星を、自然を、生命を守る? それが傲慢だと言っている。これは私見だが、人間や動物ごときの力に星や自然を破壊する力はない。むしろ逆だ。星や自然や他の生命は常に我々を脅かしている。こうしたあらゆる外敵と、我々は常に戦わなければならない」
「……っ! ご、傲慢なのはあなたがたの方でしょう。いまの会話でよくわかりました。結局のところ、環境だのなんだのとうそぶくばかりで、あなたがたは我々バルバコア帝国の地を植民地にしようとしているだけでしょう。これはれっきとした侵略です!」
「侵略だったとして、それの何が悪い?」
「開き直るなッ!」
と、吼える高級神官ナサエシキだが、対峙する逆田井は怯まなかった。
「所詮この世界はどこまでも弱肉強食。弱者はそうやって吼えることしかできないし、大切なものを守ることもできない。……自身と自身に近しい者が生存可能な環境を守るために力を振るうことの何が悪い? だいたいバルバコア・インペリアル・ヒトモドキの大部分は、セイタカ・チョウジュ・ザルをはじめとした多くの弱者を食い物にしてきたのだろうが」
「ヒ、ヒトモドキ?」
「大方、時間稼ぎか和平ごっこのために遠路はるばる来たのだろうが、許しを乞うセイタカ・チョウジュ・ザルを一顧だにしなかったように、我々もバルバコア・インペリアル・ヒトモドキの処遇については好き勝手にやらせてもらう」
度重なる侮辱に目を剥いた高級神官ナサエシキであるが、すぐさま彼女は自身の獣性を自覚し、感情の鎮静化を図った。
瞳を閉じて、深呼吸を2度、3度繰り返す。
(大丈夫だ。この増上慢は、最後には聖領に必ず屈することになる。聖領に戻り、すぐに聖戦を宣言しよう。正義、正道の我々は常に勝利するのだ)
そう思考をまとめると、彼女は「その驕慢、後悔しますよ」と釘を刺した。
「すぐに皇帝陛下の装甲艦隊があなたがたを撃ち滅ぼすでしょう」
「なんと……」
しかしながらそれに対峙する逆田井は、声を震わせた。
次の瞬間、ぷくくと笑い出す。
「奇遇だな。ちょうど我が方の“殴りこみ艦隊”もいま出撃したところだ。もしかすると帝都近海で艦隊決戦となるかもしれない」
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次回更新は10月17日(土)を予定しております。




