■24.地震、雷、火事、日本人(おやじ)!(後)
日本国環境省環境保全隊が整備した街道。
路傍に植えられた果樹の脇に、ふたつの人影がある。大きいのと、小さいのだ。
「バルバコア帝国も終わりだな」
濃緑の外套を纏った冒険者の男は、唾棄するように言い放った。
彼は請けた依頼をこなすどころか、『バルバコア自然公園』の恐るべきテクノロジーを示す物品として、環境保全隊から入手したLEDライトや十徳ナイフをバルバコア帝国当局に手渡した。彼はバルバコア帝国の体制に忠誠も愛着も抱いていないが、戦争――否、駆除による体制崩壊と急激な変革を求めているわけでもない。世界が良い方向に進むにしても、その過程で争いが生じれば、人は死んでしまうのだ。全面対決が避けられるのなら、という思いで彼は日本製の工業製品を譲渡したのだが……その甲斐はなかったようである。
「ウォーマット=ルベット奴隷伯の戦奴軍も、皆殺しだ。こりゃ」
冒険者の男の言に、横に立つ少女もまた頷いた。
「攻撃力・防御力・機動力。あらゆる面でバルバコア帝国直轄軍も、奴隷伯の戦奴軍も日本国環境省環境保全隊に劣っている。勝てる見込みはない」
戦奴軍による狂気じみた衝撃力も、所詮は生身から繰り出される代物だ。例えて言うならば、高速の猛禽が鉄板に体当たりするようなものであろう。激突すればどうなるか? これまで無敗を誇ってきた猛禽は、見るも無残な生ゴミになるだけである。
肉弾など、鋼鉄の前には無為――少女は一時代の終わり、その前触れを感じ取っていた。
クラクション。
ただ立ち尽くすふたりの前を迷彩の車列が横切っていく。途切れない。車輪、装甲、火砲。途切れない。整然なる鋼鉄の奔流は、北へ一路向かう。
その車輛の一部には、フェニックスが書き込まれていた。長大なる尾を翻し、翼を広げたフェニックスは破壊と再生の炎を吐き出している。その背景には、炎上する市街地。
旧陸上自衛隊第7特科連隊。彼らが得意とするのは、機動砲戦。それから、容赦ない殺戮である。
「……」
他方、ウォーマット=ルベット奴隷伯は、と言えば彼もまた一時代の終わりを感じ取っていた。
(負ける)
彼は早々に密偵や冒険者を利用して辺境の情報収集にあたっており、フォークラント=ローエンの野戦軍が対峙した敵についても、その一端を掴んでいた。連続射撃が可能な小銃や野戦砲を搭載した車を大量に備えており、従来の戦略・戦術の範疇では考えられない速度で突撃を仕掛けてくるのだという。さらにホウテン円形都市を襲った敵は銃兵が主体であったが、こちらも(人数こそ少なかったが)全員が連続射撃の可能な小銃を装備しており、衛兵は火力で圧倒され、圧倒されたまま虐殺の憂き目に遭ったらしい。
(阻止できない衝撃力を有する騎兵と、圧倒的なまでの火力を有する銃兵)
抗する手段はない。
それでもウォーマット=ルベット奴隷伯は、自ら戦奴軍の本隊にて指揮を執っていた。
日本国環境省なる組織は、奴隷や家畜に対して同情的であり、一方それを使役していた使用者に対しては苛烈だという噂があった。つまり、奴隷を売買したり、購入した奴隷を鍛え上げて戦奴にしたりと、やりたい放題やってきた自身が許されるはずがない。
「戦陣の運びは大丈夫だな」
竜車にその巨躯を押し込めている彼が問うと、左右は即座に報告した。
「いざ戦闘となれば、戦奴の肉壁が敵の攻撃を吸収。その間に魔術士とゴーレムから成る機動部隊が敵の側面を衝きます。同時に温存していた本隊の火砲が敵を叩く」
「……」
「ただ問題は敵航空戦力の存在です」
「それは皇帝陛下の高速航空騎兵隊にお任せしている」
ウォーマット=ルベット奴隷伯は、万にひとつの勝機を拾うために鉄床戦術を練っていた。頭数を揃えた自身の戦奴軍を以て敵の衝撃力を吸収し、傭兵主体の機動打撃部隊で側面を衝く。環境保全隊の地上部隊を撃破するには、一般的に脆弱とされる側面を、最大の攻撃力で叩くほかない。フォークラント=ローエン野戦軍の生き残りの証言から、敵の鋼鉄製の車は小銃弾を通さないが、魔術士の火炎系攻撃魔術やゴーレムの打撃ならば撃破可能だということが明らかになっている。
敵の航空戦力さえ現れなければ、前述の通り勝ち目は僅少だがあるはずだ――と、ウォーマット=ルベット奴隷伯は考えていた。
だが、勝機は万にひとつしかない。
であるからして10000と1、どちらの側を引き当てることが出来るかは言うまでもないことだった。
死と再生を司るフェニックスが咆哮する。99式弾薬給弾車に接続した99式自走りゅう弾砲は、100m四方を殺し尽くすことが可能なクラスター砲弾を10秒に1発以上の速度で送り込むことが可能である。
「砲撃――!?」
高空を往く無人機の観測により、第7特科連隊は修正射・効力射を開始する。
ウォーマット=ルベット奴隷伯が率いる野戦軍に、何かをさせる暇など与えない。隊列のど真ん中に榴弾が飛び込み、炸裂する。破片を纏った爆風が生身の戦士達を薙ぎ倒した。脳漿から小便までが入り混じった体液がぶちまけられる。砲弾が空中で弾け、無数の破片が戦奴たちの脳天を割り、肩口を貫き、上半身を破裂させた。
「閣下、どうすれば!?」
思わず問うた部下に、ウォーマット=ルベット奴隷伯が何かを言おうとした瞬間、彼の頭上に1発の榴弾が出現した。第7特科連隊が彼らに勝負をさせなかったように、99式自走りゅう弾砲は彼に死さえ知覚させなかった。巨大な破片はウォーマット=ルベット奴隷伯の頭頂部に突き刺さると、痛覚が反応するよりも先に彼の頭脳を粉砕し、彼の足下へ脳漿をぶちまけていた。故に、彼は何も感じなかったであろう。突然電源が落とされた機械と同様に、唐突に闇に囚われたはずである。
こうして高速航空騎兵隊に続き、キルビジアス11世が頼みの綱としていたウォーマット=ルベット奴隷伯の戦奴軍は、壊滅した。
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次回更新は10月10日(土)となります。




