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■2.バルバコア・インペリアル・ヒトモドキとの初遭遇!(後)

 ◇◆◇


「ハゼ港湾に“海の民”きたる、か」


 砲撃から多少時間はさかのぼる。

 バルバコア帝国辺境海護伯のフォークラント=ローエンは、自領の東端に所在するハゼ港湾に沖から1隻の艦船が接近してくることを伝えられた。遅めの朝食を摂っていたフォークラントは不機嫌な表情を隠そうともせず、卓に拳を叩きつけ、わざと一枚の皿を卓上から床へ叩き落としてみせる。


「片づけろ」


 皿が割れ、セイタカ・チョウジュ・ザルの内臓がふんだんに使われた美食が、床にぶちまけられる。それを見て、控える給仕役の奴隷――彼女もセイタカ・チョウジュ・ザルだ――は身を竦めた。対して生態系の頂点に立つ万物の長、人類種のフォークラントとその取り巻きらは、口の端を歪めてみせた。早くしろ、とフォークラントの背後に立つ部下が、割れた皿と料理を指さす。


「いや、待てよ」


 痩せぎすの高級貴族は、給仕が片づけようとするのを制した。


「私にも慈悲の心がある。床に落ちたとはいえ、庶民の口に入らないほどの高級食材が使われている――いいぞ、サル。お前が食べろ」


 次の瞬間、給仕役の奴隷は嘔吐した。

 それを見てフォークラント=ローエンはわらった。その後、給仕のセイタカ・チョウジュ・ザルに自らの嘔吐物と、こぼれた料理を全て完食させてから、フォークラントは真顔になり、「撃ち払え」と言った。


「大海からきたる“海の民”――US・NAVYは、20年前に様々な文物を我々にもたらしましたが……」


「あの時とは事情が違う。それに“海の民”がもたらすのは、物珍しい文物だけではない。伝染病を忘れたか。連中の“英語”なる言語も聞くに堪えん――交流の必要を感じん。対してどうだ、この辺境海護伯の沿岸防御は20年前とは比べ物にならんわ。連中と交流するよりも、撃ち払った方がリターンは大きい、そう思わんかね」


「なるほど」


 取り巻きたちは、にやにやと表情を崩した。確かにここで“海の民”を砲撃してやっつけてしまった方が、中央へのアピールになるというものだ。代々、旧大陸東端の海防を仰せつかっているローエン辺境伯家は、武功を挙げる機会がない。せっかくの好機をふいにはしたくはなかった。


◇◆◇


 といった事情もあり、ハゼ港湾に設置された11の沿岸砲台は、大海から接近してきた艦船に向けて砲撃を開始したのである。沿岸砲台の指揮官らには、自信があった。見たところ敵艦は装甲艦だが、船足はさほど速くない(ように見えた)。


(それに洋上の艦船と、陸上の砲台。どちらが有利かは餓鬼でもわかる道理よ)


 火砲の性能が同程度であれば、海上の動揺がないため砲の操作も容易で、擬装を施すこともでき、防護も固めることができる沿岸砲台が水上艦艇に負けるわけがない。

 少なくともそれが、この世界での軍事常識であった。

 であるから、遠慮なく洋上に浮かぶ鋼鉄目掛けて撃ちかけた。

 だが、沿岸砲台の指揮官らは間違っていた。前提から違っていた。“火砲の性能が同程度であれば”、確かに沿岸砲台が水上艦艇に負けることはないであろう。所詮は猿知恵。彼らの大半は自らの間違いに気づくことがないまま、五体と生命を空中にぶちまけて死んでいった。


 猛射といってよかった。

 砲戦開始から90秒後、埋め立て地に築かれた最も沖に近い11番砲台が、127mm弾の直撃を受けた。擬装も防護も甘い。ほぼ剥き出しに近い砲は粉砕され、砲身と127mm弾の破片が砲操作の士卒らをバラバラに引き裂いた。先に触れたセイタカ・チョウジュ・ザルの料理めいて、内臓が辺り一面にぶちまけられ、海面に浮く。


「11番砲台に直撃弾!」

「馬鹿な、まだ敵が撃ち始めて2、3発目――」

「続いて9番砲台ッ!」


 9番砲台は突き出た埠頭の脇に設けられた小砲台であるが、配されていた火砲は優秀な後装式ライフル砲で、他の沿岸砲よりも長大な射程を誇っていた。それが、文字通り粉砕された。装薬にでも引火したのか、爆焔ばくえんが上がる。おそらく傍に居合わせた者は、己が空中に吹き飛ばされたことにも気づかなかっただろう。


「敵水上艦、3倍近い速度で離脱――離脱しながら砲撃を継続!」

「いくらなんでもおかしいだろうが、あの船速からそこまで加速できるはずがない! ……はーっ。怯むな、事実のみを冷静に報告せよ」


 港湾の最も奥深くにある指揮所では、ハゼ港湾の防御をフォークラント=ローエンから任されている港湾海防連隊長が、頭を抱えていた。そして、事実のみを冷静に報告せよ、と命令した10秒後には、7番砲台が沈黙した旨を伝えられて逆上するに至る。7番砲台は前述の11番・9番砲台とは異なり、土塁や石垣で防護されている。容易にやられる砲台ではない。

 だが現実に、7番砲台は撃破されていた。確かに1発、2発ならば耐えたであろう。しかしながら1分間に30発以上発射可能な127mm速射砲は、7番砲台に数十発の砲弾を叩きこみ、地上に存在する砲と防御施設を根こそぎ破壊し尽くしてしまった。


「なんなのだよ、これは」


 連隊長は、もはや放心するほかない。

 たった1隻の水上艦が有する艦砲に、沿岸砲台が次々と粉砕されていき、砲兵らがばたばたと斃れていく――いや、そんなことはどうでもよかった。栄達するはずの自らのキャリアが崩壊していく。

 その事実に耐えきれず、彼は絶叫した。


 勿論、彼が絶叫しようが、泣いてわめこうが、勇気を奮い起こして反撃を指示しようが、その間にも執行艦『はたかぜ』の127mm速射砲は、自ら発射炎と濛々たる煙を出して存在をアピールする敵砲台を叩き潰していく。

 しかしながら、執行艦『ひゅうが』に座乗する環境省・外来生物対策室長の逆田井さかたい二葉ふたばは左右に喝を入れた。


「害虫は1匹見かけたら、見えないところに30匹いると思えという言葉は、日本国が世界に誇る格言です。おそらくいま砲撃を仕掛けてきているのは、300体以上いるのではないですか? なので9000体くらいは殺しておくべきです」


『ひゅうが』艦長は戸惑い気味に、逆田井の上司にあたる野生生物課長の鬼威燦太を見た。ゴキブリが1匹いたら30匹いると思え、は経験則からまだわかるが、敵が300名いるから9000名殺せというのはさすがに筋が通らないのではないか。

 と思ったが、鬼威は目を瞑り、静かに頷くばかりであった。

 それを見た第5執行隊群司令を務める東雲しののめつかさは、巌のような表情を崩さぬまま、何の感情も込めずに命令を下す。


「AH-64Dを出せ――」

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