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■19.強者の矜持!

 その2週間後、スカー=ハディット辺境吸血伯領北方に位置するホウテン円形都市は、多くの貴族らや名士、その名代、従者・小者らが集まり、盛況を博していた。大通りをエルフ車や竜車が行き交い、道端には出店が並んでいる。


「エルフ・ノーマル最強の戦士ヴォーリズと、バン=ホウテン閣下が自ら育てられた当代最強の改造エルフ、エルフ・ドラゴトパス! 世紀の対戦は本日正午!」


 ホウテン円形都市は、退廃の都だ。

 希少種を消費する性風俗、希少種を消費する美食文化、希少種を消費する興行ショー。モラルの低いこの異世界においても、眉をひそめる者がいるほどである。故に人々は強く惹かれるというわけだ。


「人の入りは悪くありません。概ね例年通りかと。スカー=ハディット辺境吸血伯が行方不明になったという噂の影響を心配していたのは、取り越し苦労でしたね」

「南方で戦争が始まって、戦功に焦った騎士たちが幾人か戦死した。それは事実らしいがね。俺からすれば、スカー=ハディット辺境吸血伯が死ぬはずがない。大方、雲隠れして情勢を見定めているんじゃないか? 謀略の一環だよ」


 大通りの端に立つ衛兵らは、都市中央にある円形闘技場に向かう群衆を眺めながらお喋りをしていた。その出で立ちは胸甲を装備し、小銃を携えた完全武装。だが衛兵たちはみな、群衆が放つお祭り気分にあてられてか、随分と気が抜けていた。


「南方の戦況がどうであれ、人は集まっただろう。特に加工派貴族どもはよ。面子メンツがあるからな。ビビッて来ないようじゃ、ナメられる。付き合いだってあるしな」

「成程ね」


 若い衛兵は頷きながら、紙巻き煙草に火を点けた。

 きょうは長い1日だ、とひとりごちる。年1回、秋にこのホウテン円形都市で開かれる“御前試合”は、周辺領から多くの人々が集まる一大イベントである。今回は日本国環境省、あるいは自然公園を名乗る海賊が現れたらしく、開催自体が危ぶまれたが、バン=ホウテン城伯はなんとか意地をつき通し、威信を守ってみせた。


「決まったァ――! エルフ・ドラゴトパスによる怒濤の連続攻撃に、エルフの剣士、手も足も出ない!」


 前座は無数の触手を生やした怪物と、無改造の戦奴の戦いである。

 短剣を持たされた原種のセイタカ・チョウジュ・ザルは、巨大なあぎとを先端に備えた触手に噛みつかれ、回避のままならない虚空へ吹き飛ばされた。次の瞬間には、頭蓋が噛み砕かれ、四肢が胴体から引き抜かれている。

 血液と臓物の豪雨。そのもとでエルフ・ドラゴトパスの触手が、咆哮した。爬虫類めいた緑色の鱗を有する触手がとぐろを巻き、その本体にしてこの数十の凶器の管制ユニットであるセイタカ・チョウジュ・ザルの胴体は外からは目視できない。


「昨年のエルフ・バーサクを上回る傑作だ」


 円形闘技場に詰める観衆が沸く中、最高所に座するバン=ホウテン城伯は満足げに頷いた。それから肥えた巨体を震わせて笑う。すぐさま左右は次戦じせんを指示したが、これも鎧袖一触であった。オオ・ヒトトカゲの戦奴は2、3分粘ったが、だがしかし最後には無数の触手に捉えられ、上半身と下半身に引き千切られて投げ捨てられた。


「圧倒的すぎてつまらんわ」


 と言いつつ、バン=ホウテン城伯は笑みを浮かべたままであった。

 自らが生み出した異形が、血に染まるのが好きなのである。そして彼は自ら次を促した。

 次であるが、もう最後の興行だ。


「行け」


 槍の穂先を背中に突きつけられて、ひとりのセイタカ・チョウジュ・ザルが死地しちに姿を現した。


「我々人類に楯突たてつき続けたサルの命運も、いよいよきょうで尽きてしまうようです! エルフ・ノーマル最強の戦士、ヴォーリズの登場だァ!」


 彼を迎えるのは、汚い野次と嘲笑であった。

 それでも百戦錬磨、400年という長きに亘ってバルバコア帝国に抵抗してきたヴォーリズは、真っ直ぐに自らが殺すべき標的を見据えていた。セイタカ・チョウジュ・ザルとは思えない筋肉の鎧を纏ったそのおすは、貸与された長剣を悠々と構えてみせる。それでいて、全身からは並々ならぬ殺気が放射されていた。

 尋常ではない気迫を感じ取ったのか、エルフ・ドラゴトパスは緩慢にタコじみた触手を動かすばかりで様子を窺っている。

 自然、睨み合いとなった。


(勝ち目は、ない)


 ヴォーリズの瞳は、厳然たる事実を映していた。

 対峙してあらためて理解する体格差。危害半径リーチの差。そして覆しようのない攻撃力・防御力の差。ヴォーリズは一振りの剣でエルフ・ドラゴトパスの攻防一体の触手を切り拓き、その中心にある胴部を断ち斬らねばならぬ。が、エルフ・ドラゴトパスは20本を超えるその触手でヴォーリズをひっつかむだけでいい。それで勝負が決まる。決まってしまう。


(だが、勝つほかない。先に逝った同胞の死を次代へ繋ぐ。いま虐げられている同胞を解放するのが、我が使命――)


 先に動いたのは、エルフ・ドラゴトパスであった。

 並みの戦士では反応不可能な速度で、2本の触手が繰り出される。高速の打擲ちょうちゃく。それをヴォーリズは迎え撃った。剣戟の旋風。


「おおっ」


 観客たちはどよめいた。

 血飛沫とともに、2本の触手がぼとり、ぼとりと生々しい音を立てて、闘技場の砂地へ落下する。

 当然、ヴォーリズはかすり傷ひとつ負っていない。


「やるな」とバン=ホウテン城伯は意外そうな表情をした。が、観客のどよめきも、彼の意外そうな表情も、“余裕ある”感情表現だった。要は彼らには結末が見えているのである。ヴォーリズは善戦するが、最後には文字通り破壊されるであろう。


「ぐ」


 実際、そうなった。

 エルフ・ドラゴトパスは半端な攻撃では容易に躱され、防がれると学習したらしい。

 十数本の触手を動員し、一気呵成いっきかせいに攻めかかった。

 この暴虐に対峙するヴォーリズは、魔力を噴射して横っ飛びにこれを回避し、戦闘機動に追随してきた複数の触手を剣の刃と腹で防御した。しかしながら、続かない。1本の触手が彼の右足首に絡みつき、そのまま虚空に放り投げる。

 そのまま空中で虐殺するのが、エルフ・ドラゴトパスの必勝パターン。

 ところがヴォーリズもまた前座の戦いを見ており、それを学習していた。


「――!」


 無言の叫び声を上げたのは、戦士か異形か。

 ヴォーリズは空中にて身をひねり、刃嵐はらんと化して落下する。

 血煙。たった3秒間でさらに2本の触手が細切れになった。


「だが、これで終わりか」


 しかしながら、バン=ホウテン城伯はつまらなさそうに、だが愉悦とともにつぶやいた。


「む……っ」


 触手に捉えられて虚空へ投げ上げられたとき、彼の右足首は破壊されていた。

 着地すらできず、そのまま崩れ落ちる。すぐさま剣を杖代わりにして立ち上がったが、すぐさま数本の触手が彼を包囲した。

 思わず、ヴォーリズも観念した。

 400年という抗戦も、いまここで終わる。すべて無駄であった。こうしてエルフはみな死に絶えていくのだろう。人類種によって面白半分に殺され、娯楽のために消費されていく。エルフは、人には勝てない。


「死ねえ!」「殺しちまえ!」


 罵声の濁流が彼を押し流そうとする。

 観客たちは数秒後に訪れるであろう結末を、心待ちにしていた。

 ヴォーリズは自身の敗北を確信した。周囲から聞こえてくる野次は、空気の震動でしかないはずなのに。目の前にいる怪物は、斬れば血が流れる動物でしかないはずなのに――心が軋み、折れる。

 ところがその無数の叫びの中から、ヴォーリズはひとつの絶叫を聞いた。


「諦めないで!」


 幻聴か?


「いや――」


 最後の最後でヴォーリズは、再び瞳の奥に闘志を燃やした。

 焦土の中から再び二葉が芽吹くように、あらゆる生命が最後まで抵抗をやめないように――。

 ヴォーリズは右足首に走る激痛を無視して、2本の足で立った。刃を振りかざす。

 そのまま、押し寄せる野次に叫び返す。


「エルフの戦士は必ず最後には勝利する!」


 次の瞬間、竜の顎を有する触手が殺到した。

 ヴォーリズは決死の覚悟で剣を振るう。

 そして天上からは、裁きの炎が降り注いだ。


「は?」


 地上の誰もが呆けた。

 轟音。巨大な腕を広げ、高速回転する羽を広げた巨体がそこに浮かんでいた。

 否、浮かんでいるだけではない。

 鋼鉄の怪鳥――ティルトローター機V-22“ミサゴ”は装備しているミニガンを連続発射し、7.62mm弾の雹嵐ひょうらんを地上の異形へ叩きつけた。毎分2000発の速度で放たれる機関銃弾は、数秒と経たずにエルフ・ドラゴトパスの触手を引き裂き、胴部に致命的なダメージを与え、そのまま複数個の肉塊に切断してしまう。

 残るは無残な血肉の山。脳漿と鮮血の池。


「何が――」

「我々は日本国環境省、環境保全隊です」


 さらにもう1機、V-22が姿を現した。

 円形闘技場のショーに相応しく、巨大なスピーカーを備えている。


「これより加工利用派のバルバコア・インペリアル・ヒトモドキの駆除を始めます。抵抗する害獣は射殺します。無抵抗の害獣も射殺します。我々は希少動物の殺害や、虐待を決して容認することはありません」


 そして高度を落としたV-22からファストロープにより、新たな強者たちが円形闘技場に足をつけた。


くぞ」


 陸上自衛隊特殊作戦群第1中隊第1小隊――ではなく、環境省環境保全隊特殊作戦群第1中隊第1小隊。すぐさま手にする自動小銃による射撃で、視界内の衛兵を撃ち倒していく。彼ら第1小隊が得意とするのは空挺強襲。そして、容赦なき殺戮である。


「やつらを殺せ! 私のコレクションのすべてを解き放て!」


 逃げることも忘れてバン=ホウテン城伯が絶叫する。

 と、同時にもう1機が円形闘技場の観客席直上に現れ、さらに1個小隊をファストロープにて投入した。

 喚き散らすバン=ホウテン城伯と指呼の距離に降り立ったのは、環境省環境保全隊特殊作戦群第1中隊第5小隊。彼ら第5小隊が得意とするのは要人暗殺、破壊工作。そして、容赦なき殺戮である。




なぜF-15SEXやAC-1で闘技場を吹き飛ばさないのかに関しては次話で触れます。

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