■18.おサルさんたちの思惑!
多くの冒険者や子飼いの間諜を放ったバルバコア帝国中央政府であるが、現在のところフォークラント=ローエン辺境海護伯領やスカー=ハディット辺境吸血伯領にて何が起きているか、正直なところまったく分かっていなかった。
理由はふたつある。
まず彼らの意識は、エクラマ共和国と人民革命国連邦と対峙する北方戦線に集中していた。エクラマ共和国は中小国に過ぎないが、人民革命国連邦は大陸の北半分を制する軍事大国だ。一応の停戦協定が結ばれており、北方戦線は小康状態を保っているが、今後どうなるかはわからない。
もうひとつは、フォークラントもスカーも事態の進展を、バルバコア帝国中央政府に詳しく報告していなかったためである。中央政府からすればいつの間にか辺境海護伯領との連絡が途絶、スカー=ハディット辺境吸血伯も同様で、加工利用派の貴族が窮状を突然訴えてきたことで、ようやく彼らは日本国環境省の存在を認知した。
「フォークラント=ローエン領に居座り、スカー=ハディット領を侵す彼らは皇敵に他ならぬ。いますぐ総動員令をかけよ、環境省なる化外の蛮族を討て!」
と、皇帝キルビジアス11世は吼えたが、周囲は慌ててこれを諫めた。
北方戦線で睨み合っている状況下で、南方に新たな戦線を抱えるのはまずい。
まずは日本国環境省が何者なのか、彼らが目的とすることは何なのか。重視する基幹は、魔導技術なのか科学技術なのか、生体技術なのか。人民革命国連邦のように工業力を重視しているのか。軍事テクノロジーの程度はどうなのか。情報不足は深刻である。全面戦争に踏み切るには早い、と彼らは冷静な判断を下していた。
ところが齢36歳とまだ若い上、さしたる苦労も実績もなく位に就いたキルビジアス11世は、容易に左右の意見に同調しなかった。自分が舐められているから、重臣らが慎重な意見を唱えるのだと勘違いしていたのである。これでは実年齢が36歳であっても、精神年齢は10代と変わらない。否、10代でもここまで周囲を勘繰ることはないであろう。
結局のところ彼らは積極的な情報収集にあたり、外交交渉の余地を残しながらも、戦争準備を開始した。
ウォーマット=ルベット奴隷伯をはじめとする直轄領以南の諸侯に野戦軍の編成を命じた上、皇帝直轄軍の高速航空騎兵隊と装甲艦隊に出征の準備命令を下した。事を構えるとなれば、ウォーマット=ルベット奴隷伯が擁する戦奴軍が、皇帝直轄軍の海空からの支援の下、圧倒的兵力を以て環境省を撃ち滅ぼす算段である。
一方の環境省環境保全隊もこの期間、エルフ・キマイラの駆除活動にのみ注力していたわけではなかった。
絶滅必要種(N・EX)に指定された加工利用派のバルバコア・インペリアル・ヒトモドキを根絶すべく、積極的に活動していた。
環境省職員は帰順した村々を回り、加工派貴族の所領に関する情報を集めていたし、時には接触してきた冒険者から情報を買うこともあった。ちなみに村民や冒険者に帝国貴族を売っている、裏切っているという感覚はない。直轄領はともかくとして、自らがバルバコア帝国の人間だという国民意識は薄く、加工利用派の所在など別に誰もが知っていることだから別に喋ってもいいだろう、くらいの気持ちであった。話題は逸れるが同様の理由で、環境省環境保全隊が進出した先での抵抗活動は、ほぼ皆無だったといっていい。
「ああ。この辺境吸血伯領の近場で有名な加工利用派の貴族といえば、バン=ホウテン城伯だな。家格は伯爵に比べれば落ちるが、それでもホウテン円形都市の支配を任されている。厳密には加工“利用派”じゃあない……」
環境省側に帰順した農村に立ち寄った冒険者――濃緑の外套を纏った男は、環境省の職員に対して饒舌に振舞った。話しながら、手動充電式LED懐中電灯のハンドルを回している。元は環境省職員の私物であり、いまは情報料として男の手の内にあった。
「それで」
先を促したのは、偶然にも視察に訪れていた希少種保全推進室長の御寧である。この時点でその長身からは尋常ではない怒気が発されていたが、周囲の環境省職員や冒険者の男もまた気づかないふりをした。
「あー、サルどもを弄って闘技場で見世物にしているだけだ。利用というよりは、消費だな。エルフ・ケルベロスって知ってるか? 悪趣味なマッチだと、エルフ・ノーマル――つまり原種セイタカ・チョウジュ・ザルを、改造セイタカ・チョウジュ・ザルを戦わせてる。おっ、点いた!」
子供のように喜ぶ男を尻目に、御寧は左右に無言のまま指示を出した。情報のクロスチェックが必要である。だがもしも彼の証言が正しければ、このホウテン円形都市の存在を許すことなど到底出来なかった。
「よろしいのですか」
環境省職員が離れていくと、切り株に座ってLEDライトや物々交換で手に入れた十徳ナイフを弄っている男の袖を、相方の少女が引っ張った。当然ながら、AC-1を監視していたときの擬装網はかぶっていない。ただ誰が見ても、只者ではないことがわかる風貌をしている。鎖帷子に腰の短剣、そして首筋から顔の右半分にかけて焼きただれたような痕。ぼさぼさの黒髪もまた、右側頭部にはまだらにしか存在していなかった。
「なにが?」
すっとぼけた彼に、少女はジト目になった。
「あんなに簡単に情報を」
「お前だって砂糖菓子で買収されてたろうが」
「……うるさいですね」
「でもこれでいい。戦闘が起こるかも」
無表情のままむくれる少女に、男はにかっと笑った。
もしもこれで環境省とホウテン円形都市の間で戦闘が生起すれば、いい情報収集の機会になるだろう、というわけである。




