■17.俺たち、キマイラ・バスターズ!
「あ、ありがとうございました……」
拠点にしている村へ戻るブッシュマスタ―の車内。ぺこりと頭を下げた金髪碧眼の神官ハーネに対して、「いいってことよ」と保全隊員らは片言で喋りながら手を振った。
「仕事だから」
神官ハーネの隣に座る中年の保全隊員はそう言うと癖でスマホを出した。そのまま電源を入れることなく、しまう。内地では課業中でもお構いなしに弄っていたが、その癖が抜けていないのだ。この異世界に電波はないため、はっきり言って無用の長物である。周囲に座る隊員も、同じようなものだ。手持ち無沙汰で目を瞑ったり、あるいは持ってきた文庫本を読んだりしている。
「これあげる。食べて」
中年の保全隊員はスマホをしまうついでに、ポケットにあった飴玉の包みを破いて、ハーネに差し出した。何のことはない、水色の飴玉である。それを素手で受け取ったハーネは、おずおずと目の前に掲げた。食べ物とは思えないような不思議な色だった。宝石というには荒すぎるが、食べ物というには輝いて見えた。
彼女は覚悟を決めると、口の中に放り込んだ。
「――!」
ソーダ味など理解できるはずもなく、彼女はただ口の中に広がった甘さに驚いた。
「あんまり気にするなよ」
目を白黒させている彼女を横目に、そこで初めて保全隊員は笑みを浮かべた。
「小便くらい……」
すると、周囲の保全隊員らがどっと笑った。
実を言えば車内に居合わせた保全隊員の大半は、死線を踏み越えてここにいる。
ハーネの向かい側に座っている保全隊員は、「俺はまだ異世界に来てからは漏らしてないっすよ。新台も打てない、ネトゲもできないこんな異世界で死ねねえー」と冗談交じりに言った。が、日本語で喋ったために、ハーネには分からない。
「なーに、簡単な仕事よ」
中年の保全隊員は余裕ぶったが、内心は穏やかではなかった。
いまのところ自分の中隊から犠牲者は出ていないが、エルフ・キマイラも猛獣には変わりない。幹部も苦労しているのは重々承知の上だが、自動小銃を持ってクマやライオンじみた大型動物と対峙させられる身にもなってもらいたかった。
さて。旧スカー=ハディット辺境吸血伯領の混乱は、旧フォークラント領の比ではない。
スカー辺境吸血伯や戦死・行方不明となった加工利用派の貴族らが運用していたエルフ・キマイラが野放しになり、現地のバルバコア・インペリアル・ヒトモドキらを無差別に襲撃しているのであった。
当初、環境省環境保全隊は旧スカー=ハディット辺境吸血伯領に踏み入ることを恐れて、『バルバコア自然公園』に侵入しようとする個体のみを駆除していた。スカー辺境吸血伯をはじめとする貴族らの死が確認できておらず、ゲリラ戦を恐れたからである。
ところがしかし、エルフ・キマイラに村を襲撃されて命からがら『バルバコア自然公園』に逃れてくる難民の存在や、辺境吸血伯領から村単位での救援要請が相次いだことで、環境省職員は決断を下さざるをえなくなった。
「加工利用派のインペリアル・ヒトモドキを憎んで、インペリアル・ヒトモドキを憎まず」
そう唱えて野生生物課長の鬼威は、周囲の反対を押し切り、辺境吸血伯領内に地上部隊の派遣を決定した。
また辺境吸血伯領内へ展開する航空部隊を拡大し、航空火力支援の拡充を図った。
無人環境監視機ファイティング・アイビスは捜索に適しているが、誘導弾や航空爆弾を2発しか搭載できない。そこで新たに環境省環境保全隊は、攻撃機AC-1の投入を決定した。これは用廃となったC-1戦術輸送機の機体側面に、M61 20mmバルカン砲を装備した害獣駆除専用機である。輸送任務に供することは考えられていないため、貨物室には増槽が設けられている。これによりC-1戦術輸送機の欠点であった航続距離の短さがカバーされ、長時間の滞空が可能になった。
「なんだありゃ――」
ともすれば玩具のように見える無人機や、相手に何が起きているのか理解させない内に仕事を終わらせるF-15SEX-Jとは異なり、高翼の巨体を誇るAC-1は地上のサルたちの注目を否が応でも集めた。機体左側面に配された2門のM61 バルカン砲が高速回転し連続射撃を開始すると、もはや火を噴いているようにしか見えない。多くのバルバコア・インペリアル・ヒトモドキらは、その様を見て恐れおののいたが、環境省に援助を求めた者たちは一瞬でエルフ・キマイラを粉砕するその大火力に心強さを覚えた。
「側面に“赤い瞳”を確認いたしました」
他方、その様を冷静に見つめる者もいる。
樹上に潜む“木の葉の塊”が単眼鏡を下ろし、かぶった擬装網の内側へ隠した。彼女の声に感情はない。恐怖も、驚きも。あの程度では彼女の“生きているなら殺せるし、生きていないなら壊せる”という哲学は揺るがない。
「環境省が進出した村にも、あの“赤い瞳”の旗がありましたから、まずあの鋼鉄の怪鳥も日本国環境省の兵器とみていいでしょう」
彼女の分析を、木の下で聞いている男がいる。こちらは樹上の“木の葉の塊”のような凝った擬装はしていない。濃緑の外套を纏っている。得物はその下に隠してあるのか、目につかない上、一見すると冒険者の所謂“職種”もわからないようになっていた。
「まあわかっていたことだけどな」
そう言い放つと、男は踵を返した。
「どこへいくのですか」
「自分の眼で見たものしか信じない。俺のポリシーでね。……南へ行く」
「私たちの任務は、あくまでも吸血伯領内の情報をレポートすることだったはず」
「他の同業者連中もそうだろうよ。ここで退いたら一級冒険者の名が廃るぜ」
「……私もいく」
樹上の“木の葉の塊”もまた、するすると木を下りて南へ歩き始める。
特段、彼らが変わっているわけではない。実を言えばいま、多くの皇帝直轄領・高級貴族の関係者や雇われた冒険者が、環境省の勢力圏『バルバコア自然公園』を目指していた。
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次回の更新は9月26日(土)を予定しております。




