■16.創始、エルフ日章教!
「『環境少女、日日野まもりR!』第3話では、日日野家は敵に皆殺しにされました。それにこのとき、エルフ守護天使のまもりには変身する力も残されてはいなかった。ですが、まもりは決して屈することはなく、復讐を誓います。これを私たちの立場に当てはめてみるとどうか。我々は長きに亘り、バルバコア帝国によって家族を連れ去られ、エルフの森を焼き尽くされてきました。そして戦う術すら、忘れてしまっている」
「成程。いまこそ守護天使まもりの伝説に着想を得て、我々もまた戦う術を取り戻すべきだと」
「その通りです。守護天使まもりは精霊王から力を授かりました。では我々エルフには? 守護神がいる。我々エルフは守護神から力を授かり、バルバコア帝国打倒の聖戦に臨むべきなのです」
「おお……」
「エルフの守護神・環境省が、我々に聖典をお見せになったのは、やはり自ら弓矢を執ろうとしない我々を叱咤するためであったのか」
「日日野まもりが炎の魔人エフリートを倒した際には、彼女は忌み嫌っていた炎さえも味方につけた。我々もまた手段を選んではいけないということか」
娯楽というものに初めて触れたセイタカ・チョウジュ・ザルは、『環境少女、日日野まもり!』をはじめとした同シリーズを猿のように(猿だが)連続視聴し、まだ翻訳されていないコミカライズ版まで眺めていた。
そのため、『環境少女、日日野まもり!』と絡めたシンシルリアの説法は、周囲のセイタカ・チョウジュ・ザルには驚くほど浸透していった。
最初はシンシルリアの言動に懐疑的であった老齢のエルフらも、「この機会を逃せば、また再び我々が奴隷に逆戻りする可能性が高い」「日日野まもりのように、正義が勝つ世界を諦めてはいけない」と次第に同調しはじめた。
「環境省の許可を得て辺境吸血伯領内に侵入し、エルフたちを解放しよう!」
一部の急進的な数十名は、さっそくそう放言して気勢を上げた。
ちなみに『環境少女、日日野まもり!』と同シリーズは、『バルバコア自然公園』内に生息するバルバコア・インペリアル・ヒトモドキの間でも、環境省環境保全隊のパトロール隊にプレイヤーで見せられたことや、翻訳が終わったコミカライズ版が出回ったことで、人気が出始めていた。
こちらは特定の宗教やイデオロギーに結びつくことはなかったが、中には労務者として得られた賃金を、この『環境少女、日日野まもり!』関係のグッズにつぎ込み始める者まで現れるほどであった。つまり、高クオリティの純然な娯楽として受け容れられたのだった。
「なかなか面白いではないか。で、これにはゲキジョウ版なるものもあるのだろう?」
なお、この地上のバルバコア・インペリアル・ヒトモドキにおいて、最も同シリーズを愛好しているのは、生きて虜囚の辱めを受けまくっているフォークラント=ローエンであった。
◇◆◇
「あ? なん」
樹上から突如として落ちてきた黒い影に、熟練の冒険者であった軽剣士の頭部が、呆気なく潰された。脳漿が砕けた豆腐めいて飛び散り、血肉が地を濡らす。脳を失った軽剣士の身体は、そのまま前方へ倒れた。一撃で彼を仕留めた怪物は吼えもせず――そもそも彼には口がない――死体を踏み潰して新たな獲物を見定めた。
「エルフ・キマイラだ――」
傍らの弓術士が呻きながら弓を引き絞ったのに対して、神官のハーネは身動ぎひとつできなかった。
それが生死を分けた。
エルフ・キマイラは、音もなく跳躍した。
「え?」
血飛沫が、神官の頬を濡らす。視線を動かせば、横にいた弓術士が喉笛を前足の一撃で抉り取られたところであった。彼のブルーの瞳から、光が徐々に消えていく。もどかしかったのか、エルフ・キマイラは追撃で緩やかに死へ向かう弓術士の顔面と心臓を破壊して、これを即死せしめた。
「あっ」
神官ハーネと、エルフ・キマイラの目線が虚空でぶつかった。
彼女が自身の死を確信するのに1秒も必要ない。次のコンマ1秒で、彼女は過去の決断を後悔した。聖領にて修行中の身にもかかわらず、冒険者になり出奔してしまったこと。まだまだ駆け出しにもかかわらず、辺境吸血伯領の異変と、環境省なる新興勢力の調査依頼を請けたこと――。
そして逃げる間もなく、エルフ・キマイラが後脚で立ち上がり、その前足を振り上げた。
「伏せろ!伏せろ!伏せろ!」
今度こそ反応できたのは僥倖だった。
次の瞬間、火線が迸り、エルフ・キマイラの血肉が弾ける。5.56mm弾の連続射撃。狙いは命中し易い胴体ではない。感覚器の集まった頭部だ。外部情報を収集し、電気信号を発する頭部が破壊されたことで、エルフ・キマイラは機能を停止した。
ひっ、とか細い悲鳴を神官のハーネは上げた。力なく崩れたエルフ・キマイラの巨体に、右脚が挟まれ、グロテスクな死体を目の前にすることになりついに失禁したが、それでもすぐに安堵感が押し寄せてきた。




