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■14.辺境吸血伯、太陽に屈す!

 スカー=ハディット辺境吸血伯が指揮する直轄軍は、払暁ふつぎょうとともに攻勢に転じた。全滅するリスクを承知の上、動員可能な地上戦力を全て掻き集めたスカー辺境吸血伯は、自ら指揮を執った。青白い肌を太陽光線から守るために重ね着をして、顔さえ隠していたので、周囲の士卒らは彼女の表情がわからない。

 ただ彼女の命令は、明らかに平素とは異なっていた。


「殺せ――『バルバコア自然公園』のすべてを殺し尽くしなさい」


 越境すると同時に、旧フォークラント=ローエン領の地形を頭に叩きこんだ騎エルフ隊の一部は、手近な村落に対して襲撃を試みた。彼らはみな乗馬戦闘用の超長剣と、小銃で武装している。この竜騎エルフ隊は、スカー辺境吸血伯が誇る最精鋭であり、村人たちを虐殺する腹積もりであった。

 一瞬で、夥しい量の血が流れた。


(呑気なものだ。柵もなければ、ほりもない。このまままっしぐらに――)


 高速で衝撃力を保持したまま村へ迫った先頭騎エルフの前足が破裂し、バランスを崩したエルフは前のめりに転倒――馬上の騎兵もまた前方へ投げ出された。


「落エルフ(※落馬)!? 何が起きた――」


 それを皮切りに、他の騎エルフらも次々と重傷、あるいは絶命し、自身の御者を振り落としていく。前脚が、後脚が吹き飛ばされる。負傷しながら立ち上がり、数歩進んだ騎兵の脚が膝上まで消滅し、千切れた動脈から血が噴き出した。


「対動物地雷原に無策のまま突っ込んできたか」


 何のことはない。

 村の周囲には、村の防衛を任されていた環境保全隊の一守備隊の手によって67式対人地雷――否、67式対動物地雷が多数埋設されていた。守備隊員が巧妙だったのは、敵の油断を誘うために鉄条網といったエルフ上(※馬上)から見える防御の工夫をとらなかったことである。騎エルフ隊は何も考えずにそこへ突っ込んできた格好になった。


「突撃ッ」


 それでも幸運な一部の竜騎エルフと、落エルフしながらも立ち上がって徒士かちとなった者が地雷原を突破したが、みなことごとく迫撃砲と重機関銃の連続射撃を浴びて、壊滅した。生身の彼らが火線に逆らって前進できるわけがなかった。

 似たような光景は、他の村々でもみられた。

 騎エルフであれエルフ・キマイラであれ、弾丸の奔流を押し渡ろうとして全滅していく。圧倒的な火力を前に、彼らは自らの長所――つまり速力と衝撃力を信じて飛び込んでいくしかなかったのであろう。学習能力のない獣の最期は、どこまでも哀れであった。


 そして、スカー辺境吸血伯の最期もまた、哀れかつ無惨であった。

 主力を引き連れて越境した彼らは、ほぼ同時に環境省環境保全隊の無人環境監視機に捕捉されていた。あとは環境省側が航空攻撃をどのタイミングで仕掛けるか、というだけの話である。逆田井さかたいがフォークラント=ローエンに言い放った通り、彼らは敵主力と同じ舞台で勝負するつもりは、さらさらなかった。


「足を止めないで! 連中が我々の上に火を降らせるよりも、我々が奴らを殺し尽くす方が早い!」


 スカー辺境吸血伯はそう周囲を鼓舞したが、実際のところは彼女が主力を纏めて打って出た時点で、勝敗は決していたと言っても過言ではないであろう。

 しかし思慮深いはずの彼女とは思えない采配であった。

 おそらく平常ならば、自身は領外へ退いてゲリラ戦を展開したに違いなかった。

 彼女はセイタカ・チョウジュ・ザルを改造した磁場誘導方式自走生体爆弾を多数保有している。これは生体器官で磁場を捉え、方向を見定めて歩行する生体爆弾で、しかも見かけ上は普通のセイタカ・チョウジュ・ザルと変わらないため、対応が難しい。この自走生体爆弾と、森林地帯・山岳地帯で奇襲を得手とするエルフ・キマイラを有効活用すれば、環境省保全隊を手こずらせることぐらいはできたであろう。

 だが、スカー辺境吸血伯は正確な判断能力を失っていた。

 そしてそのまま、飛来したF-15SEX戦闘攻撃機2機の航空攻撃を受けた。


「あ」


 悲鳴を上げることすら、許されない。草原へ出たところをレーザー誘導爆弾が隊列の中央にて炸裂し、さらに数百個のクラスター子弾が辺り一面に襲いかかった。文字通り、生命という生命は地形ごとえぐり取られてしまった。

 噴き上がった火焔と、土くれの雨が、降り注ぐ。


「……っ」


 だが、奇跡は起きた。

 黒鷲によるオーバーキル、その渦中にいたにもかかわらず、スカー=ハディット辺境吸血伯は絶命していなかった。


いた……」


 全身の痛みをスカー辺境吸血伯は知覚した。

 仰向けのまま、起き上がることができない。このとき彼女の姿は、壮絶そのものであった。着用していたマスクや外套は吹き飛ばされ、半身は火傷を負っていた。芋虫のようにうごめくことしかできない。

 彼女は助けを求めようとして、全身の痛みが、全身が焼き尽くされるような痛みが現在進行形で進んでいることにようやく気がついた。


「あ゛、あ゛が」


 比喩ではなく、焼けているのだ。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 端整な顔立ちは太陽光線の直撃を受けてすでに焼けただれ、崩壊しつつあった。瞼に至っては炭化している。すでに痛覚さえ死んでいた。一方、首回りや胸元には無数の水ぶくれが出来ており、激痛で彼女をさいなんだ。フードが脱げ、日の下に晒された白銀の髪はくすんだ灰色に変わり、一部分は自然発火をして焼け縮れていく。


「どおしでぇ゛、お姉様ァ゛」


 それが彼女の放った最後の意味ある叫びであった。

 だがそれに答える者はいない。太陽は沈黙したまま、彼女を焼死させようとしていた。青空に浮かぶ雲もまた、彼女に味方しようとはしなかった。姉はついに彼女に答えることはなかった。

 スカー=ハディット辺境吸血伯は、全世界に無視されたまま、炭となって砕けた。


 弱者を切り刻み、もてあそんでいった自身の罪に、最後まで気づくことなく、である。

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