■12.漆黒の翼には、“護る力”に“殺す力”!
「スカー=ハディット辺境吸血伯に喧嘩を売るとは。環境省、貴様らの命運も尽きたな……」
鉄格子の嵌まった小窓から光の差す独房。
その中心に座っているのは、人類種――否、バルバコア・インペリアル・ヒトモドキのフォークラント=ローエンであった。不敵な笑みを浮かべて、独房の外に立つ環境省外来生物対策室長の逆田井二葉を見ている。逆田井からすると、それが不快だった。個人的には一秒でも早く殺処分するべきだと考えていたが、利用価値が出てくる可能性があるので生かしているという状況である。
「加工利用派の首魁とはいえ、我々からすれば滓のようなものです。その気になれば、辺境吸血伯領など……いやバルバコア・インペリアル・ヒトモドキの領域など10分で焼き払える。そうしないのは希少な動植物を巻き込んでしまうからにすぎません」
通訳は介していない。逆田井はすでにバルバコア・インペリアル・ヒトモドキの鳴き声を理解し、マスターしていた。彼女は環境省職員の中でも随一の強硬派であり、そして一番の努力家でもあった。
「できるものなら、そうすればいい」
一方、さしたる努力もなく家督を継いで、高級貴族の座を手に入れたフォークラントは余裕を崩さなかった。
「あの小娘の有する騎エルフ隊の衝撃力をお前たちは知らんからな。皇帝陛下の直轄軍も動き出す。伝統ある高速航空騎兵が打って出れば、あの“鋼鉄の羽虫”も手も足も出ないだろう。いまの内に俺を解放して、和睦でも試みるがいい」
「こ、高速航空騎兵?」
逆田井は、声を震わせた。次の瞬間、ぷくくと笑い出す。
周囲の部下や護衛の保全隊員らも顔を見合わせて、苦笑した。
「何がおかしい」
「高速航空騎兵というのは、翼竜に跨乗する騎兵のことですか」
「そうだ。航空魔術士の3、4倍は速い。コストが高いから直轄軍と、翼竜を養成している一部の貴族が配備しているだけだがな」
「空戦魔術士の3、4倍!? それは素晴らしいですね。我々からすれば、約80、90年前の軍事テクノロジーだ」
「は?」
逆田井は腕時計を一瞥すると「ちょうどいい」と笑い、フォークラントを連れて外へ出た。
ワゴン車でしばらく行くと、そこは滑走路であった。傍らにはハンガーや管制塔も存在している。環境省環境保全隊の建設部隊が、雑木林を切り拓いて設営した航空基地であった。そしていま、ハンガーから1機の航空機が引き出されてきた。
「なんだあれは」
ひときわ巨大な頭部が印象的な無人環境監視機『ファイティング・アイビス(戦うトキ)』は、機体後尾のプロペラを高速回転させて推進力を得ると上空へ舞い上がった。1機ではない。2機、3機と飛び立っていく。
「無人機ですよ」
「無人、機だと」
「長い時間をかけて育成した騎エルフ隊や銃兵を、私たちはあの無人機で殺戮することができるというわけです。あなたがたが必死になって航空魔術士を上げ、1機を撃墜したとしても、我々はその翌日には10機を補充することができる」
「だが所詮は機械。高速航空騎兵にはかなわない」
「“高速”? 我々の航空能力からすれば、“高速”というのは音速のことを言うのですが」
「は?」
そしてハンガーから別の機体が引き出されてくる。
フォークラントは、全身の毛が立ち上がるような錯覚を覚えた。
あらゆる光を呑み込む黒。黒の塊。鋼鉄の翼、巨大なエンジン。道理ではなく、見る者の本能に語りかけてくる。こいつは“狩る側”の猛禽だと。漆黒の鷲、死骸が転がる静寂を舞う鷲だ。80年代から人々が見上げる空を守ってきた翼は、“護る力”に飽き足らず、“殺す力”を手に入れていまそこにいる。
「F-15SEX-J」
否、彼が纏ったのは“殺す力”にあらず。
脅威が地球上のどこにいてもこれを虐殺し、鳥葬する。“殺し尽くして護る力”。
「サイレント・イーグル――あるいはセックス・イーグル。非武装状態なら音速の2倍は出ます。フル武装でも超音速飛翔が可能。そして10トン近い爆弾を運ぶことができる。流石に“オリジナル”には劣りますが……あなたがた害獣を相手取るなら、誤差程度の話です」
「……」
フォークラントの目の前でエンジンが火を噴いた。生み出される大推力。先程の『ファイティング・アイビス(戦うトキ)』とは比べ物にならない速度で、大空へ翔け上がる。
「さっき騎エルフ隊が、などと仰っていましたが……」
逆田井は冷たい笑みを浮かべていた。
「騎エルフ隊やエルフ・キマイラ、銃隊とどうして律儀に地上戦を繰り広げなければならないんですか? 彼らは絶滅必要種(N・EX)に指定された。ならばもう遠慮する必要はない。あなたがたが戦争をしているつもりでも、こちらからすれば駆除に過ぎません」
すべてを焼き尽くし、すべてを自然に還す力を吊り下げた黒鷲は、もう青空に浮かぶ小さな黒点となっていた。




