■11.加工派の首魁・辺境吸血伯と、ついに戦うトキがやってきた!
日中でもほとんど日が差さない山麓に、小さな館が建っている。古めかしい外観。煙突もなく、装飾された瓦を施すこともなく。帝都で流行している建築様式とは全く異なるもので、時代遅れも甚だしい。特筆すべきは木々に囲まれた館から少し離れたところに、複数のエルフ車が停車できる庭が拓かれていることだろう。この館の主は、面会を求める客や、“実験動物”・実験器材の仕入れのために、駐車スペースを必要としていた。
「お姉様、お聞きください。また面白い実験動物が手に入りそうです」
館内に立ちこめる鉄に似た臭い、その臭いが最も濃い一室では少女が部屋の片隅に話しかけている。
「あのいけ好かないフォークラントは行方不明。その代わりに環境省なる連中が辺境海護伯領を占領した様子です。それどころか同地を『バルバコア自然公園』と改称したとか。傲岸不遜ですよね。でも私たちにとってはチャンスにほかなりません」
深紅のドレスを纏った少女は、にやりと笑った。鋭い犬歯。人間のそれではなく、肉食獣の歯牙に近い。白銀の髪、黄金の瞳もまた輝いている。実際、彼女は半分人間ではなかった。いまは絶滅した吸血鬼の血筋を引いている。
名を、スカー=ハディット辺境吸血伯という。
外見こそ10代少女にしか見えないが、その実は200歳に近い。幼い外見に騙されることなかれ。バルバコア帝国勢力圏における一大派閥、加工利用派の首魁でもある。
敗れ去ったローエン家は沿岸貿易で利益を上げていたが、このハディット家といえば、セイタカ・チョウジュ・ザルやその他の少数種族の加工産業で、莫大な利益と名誉を手に入れていた。バルバコア帝国中から(場合によっては大洋の向こう側から)“原料”を入荷し、それを製品として加工して出荷するのである。
近年は北方戦線の緊張が高まってきたこともあり、改良型騎エルフや後方攪乱に有用な生体兵器エルフ・キマイラ、磁場誘導方式自走生体爆弾などの取引量が増大している。
だが、スカーは現状に満足していなかった。
むしろ強いフラストレーションを抱えている。
「環境省やそれに与する人間なら実験動物にすることを、皇帝陛下も許してくださるでしょう」
スカー=ハディット辺境吸血伯の加工産業は、一部の派閥からは危険視されている。だが加工利用派の生体技術がバルバコア帝国の強大な軍事力を支えているのは事実であり、代々の皇帝はひとつの約束を守ることを条件として、加工利用派の所業を許していた。
――加工利用に供するのはセイタカ・チョウジュ・ザルやアゴヒゲ・ヨウセイ等、帝国中央が認めた人外種族のみとする。
つまり領主の所有物である領民は勿論のこと、奴隷であっても人類種であればこれを加工してはならないというわけである。
だが、スカー=ハディット辺境吸血伯は、180年の長きに渡る活動で“やりつくした感”を得てしまっていた。ハディット家が誇る魔術主体の生体技術は最高峰であるが、何事にも限界がある。数年前から続けていた空中機動や物資の空輸を可能とするための騎エルフ・ウイングの開発失敗から(実験失敗により墜落死したチョウジュ・ザルの数は、138体にも及ぶ)、スカーはセイタカ・チョウジュ・ザルが持つ可能性に見切りをつけ始めていた。
そろそろ新しいステージ、つまり人間で勝負したい。
「人間を切り開き、人体構造をより深く研究すれば――そのときには」
ただセイタカ・チョウジュ・ザルも人間も、基本的なスペックはほとんど変わらない。セイタカ・チョウジュ・ザルを素体にして完成できなかったものを、人間が素体なら実現できるかと言えばそれはないと言える(騎ヒト・ウイングに手を出せば、また100名以上が墜落死することになるだろう)。
人間を使いたいのは軍需ではない。
「お姉様を治療する術も、必ず見つかるはずです。どうか待っていてくださいね」
医療であった。スカーの目の前で横になって眠るエイミー=ハディットは、もう150年以上も目を覚まさない。彼女の治療こそ、スカー=ハディットの悲願であった。
ひとしきり語りかけたスカーはおもむろに立ち上がると、地下室への扉を開いた。むわりと薬品と血の臭いが立ち昇る。そのまま彼女は館の規模からは想像できない、広大な地下世界へと潜っていくのであった。
だがしかし、姉の治療が目的であっても彼女が手を染めている――否、染めようとしている事業は、決して許されるものではない。
さて。いまハディット辺境吸血伯領と『バルバコア自然公園』の境界付近に、ハディット家を筆頭とした加工利用派の高級貴族らが“異形の軍勢”を揃えつつあった。
すでに彼らは『バルバコア自然公園』に向け、エルフ・キマイラを放つ破壊工作を行っている。北方戦線では“連邦”の後方を撹乱する戦果を挙げた。彼らは森林に潜み、あるいは市街地に入り込んで、人型の生物を殺し尽くす。小銃弾でも容易には殺せない猛獣だから、中隊規模の銃兵を投入する、あるいは実力のある魔術士や怪物退治を得手とする冒険者パーティをぶつけなければ、排除することは難しい。さぞ、環境省の側は対応に追われているだろう、と彼らは思っていた。
このようにエルフ・キマイラによって敵の行動に制限をかけ、銃兵連隊と騎エルフ隊を主力とする正規部隊で圧倒する。これが加工利用派貴族の常勝パターンであった。
「騎エルフ隊、50騎――こうも揃うと壮観だな」
『バルバコア自然公園』の敷地に接する村には、偵察任務に投入される騎エルフ隊が駐屯している。環境省側の軍備を探るためだ。これとは別に、幾つかの冒険者パーティが『バルバコア自然公園』に潜入しているが、騎エルフ隊を指揮する騎士号持ちの隊長は彼らを信用してはいなかった。“冒険者”などと名乗っていても、所詮は素人に毛が生えたアウトロー連中に過ぎない。
村の外れに繋がれた騎エルフらは、村人から提供された野菜くずと水を口にしているところであった。後脚が異様に発達しており、前脚は一般的なセイタカ・チョウジュ・ザルとは外見こそ変わらないが、すでに手指は退化していて物を掴むことは出来なくなっている。
「ここが最後の休息ですね」
「ああ。あと暫くしたら、南へ――」
と、言いかけて、隊長の鼓膜が馴染みのない振動を捉えた。
「なんだ?」
「は?」
部下が小首を傾げた瞬間、その部下の五体は虚空に四散していた。
爆炎が吹き上がり、血肉と土砂が一緒くたになった柱が立ち上がる。砲撃だ、と誰かが怒鳴ったが、できることと言えば地面に這いつくばることだけだ。地獄の業火が逆落としに降り注ぎ、騎エルフが繋がれていたあたりが消し飛んだ。
「……終わった、か?」
攻撃は1分程度で終息した。
残ったのは数騎の騎エルフと、半分にまで減った騎兵たち。その騎兵らも、何が起こったのかさっぱりわからず、「とにかくこの場所を離れるぞ」と生き残った騎エルフらを引き連れて、とりあえず森の中へ姿をくらました。
上空数千メートルに浮かぶ電子の瞳はそこまでしっかりと見ていた。
尾部のプロペラが唸り、感情を持たない2機の無人機は緩やかに旋回を始める。
彼の名は、無人環境監視機『ファイティング・アイビス(戦うトキ)』。
名称の通り、環境省が自然環境・希少動物を保護するために開発・配備したUAVである。“密猟者”を現行犯極刑に処するために武装も可能だ。1機あたりの費用は決して安価だとは言えないが、自律飛行が可能な上に航続距離は4000km以上・滞空可能時間は20時間近く、広大な範囲をカバーするにはもってこいの性能を有していた。
その2機が機首に備えているセンサーは、森林内に隠れたつもりの騎兵らを捕捉していた。が、翼下にヘルファイア・ミサイルはもうない。武装に割けるペイロードは約100kgしかないので対戦車ミサイルは2発しか装備できないのである。
そのまま2機のファイティング・アイビスは、中継通信役のアイビスから命令を受けて後退していく。それと入れ違いに、今度は4機の武装アイビスがハディット辺境吸血伯領上空に現れた。血も涙もない。彼らは害獣どもが集結した傍から駆除していったし、操作する地上の環境省職員もなんら躊躇わなかった。
(次回の更新は9/18・19・20です)




