■10.新たな脅威、生体兵器エルフ・キマイラ!
(まさに神の御業だ……)
と、セイタカ・チョウジュ・ザルのシンシルリアは思わざるをえない。
環境省環境保全隊によって保護されたシンシルリアと、その他のセイタカ・チョウジュ・ザルは次々と旧ハゼ港湾の傍に設けられた収容施設に送り込まれた。多くのセイタカ・チョウジュ・ザルらは、新たな“主”に大した希望を持っていなかった。環境省を名乗る人間たちによってまた再び虐待の日々が続くのだ、と悲観していたのである。
ところが、その彼らを待っていたのは膨大な量の湯を贅沢に張った浴場と、粥と茶から成る喫食であった。
「お、温食……100年ぶりじゃないか?」
「いや、私は食べないぞ。どうせ毒物でも入れているに決まっている」
「……殺す相手を風呂に入れて、しかもこんな清潔な衣類まで与えるなら、環境省ってやつらはずいぶん酔狂じゃないか」
入浴を終えたセイタカ・チョウジュ・ザルたちには、貫頭衣のような新品の衣類が与えられている。飾り毛のない質素な衣類ではあるが、それまで不潔な、そして虫が湧いている――最悪の場合は、死臭がこびりついた服を纏わされていた彼らを狂喜させるには十分であった。また彼らを喜ばせたのは、温かい茶と食事である。帝国から家畜扱いされていた彼らは、堅果類や野草、残飯や野菜くずを与えられていた。そこに茶と粥である。
扱いはまさに天と地の差、だった。
「まるで貴族扱いじゃないか!?」
極めつけは寝具として与えられた綿の入ったクッションと毛布。
一部のセイタカ・チョウジュ・ザルは就寝したが最後、“夢”が醒めてしまうのではないかと戦々恐々としていたようだが、一夜明けてもなお、健康かつ文化的な“現実”がそこに在った。朝食は干し果物の盛り合わせと乳製品。その後は体操や清掃を強いられたが、特に重労働が課せられることもなかった。若い個体は一日三食にいたく感激したらしく、「日本国環境省に忠誠を誓う、殺されてもいい」と豪語する者まで現れた。
その中でも、シンシルリアは変わり種だった。
「日本国環境省は神話における至高・太陽神が遣わした、エルフの護り神なのではないか」
と周囲に対して大真面目に説き始めたのである。
◇◆◇
さて、環境省環境保全隊はバルバコア帝国辺境海護伯フォークラント=ローエンの旧領を国立自然公園『バルバコア国立公園』として環境省の管理下においたものの、大勢に目をやれば、さらなる獣害と駆除の応酬が発生する可能性が高かった。
なにせ国立自然公園『バルバコア国立公園』の周囲には、高級貴族を名乗るバルバコア・インペリアル・ヒトモドキが勢力を根ざしている。
近い将来、この群れが『バルバコア国立公園』に襲撃を仕掛けてくることは、まず間違いないと誰もが予想していた。彼らバルバコア・インペリアル・ヒトモドキは非常に縄張り意識が強いことは、先の騒動で証明されている。人間との力の差を理解してもなお、危害を加えようとしてくるであろう。
(やはり人間と野生動物が接触するとき、悲劇は起こり得る……)
と、野生生物課長の鬼威は感傷を覚えたが、だからといって中途半端に愛護精神を発揮することはない。動植物の生命はみな大事だが、物事には必ず順番というものがある。人間と、人間を害する獣ならば、優先すべきは必ず前者だ。
「『バルバコア国立公園』の警備力を増強し、敷地内に害獣が侵入しないよう、自動車化パトロール隊を境界付近に巡回させよう」
そうした状況から長期間の行動にも堪えうるブッシュマスタ―輸送防護車から成るパトロール隊が敷地外縁部の監視に就くことになり、さらにパトロール隊では対処が困難な大規模獣害に備えて機械化部隊の配置が進められた。
ただ環境省関係者の多くは、即座に新たな獣害の発生はないだろうという考えも同時に持っていた。仮にバルバコア・インペリアル・ヒトモドキが人類並みの知能を持っていれば、まず何らかのコミュニケーションを試みてくるはずだからである。
……ところがしかし、バルバコア・インペリアル・ヒトモドキの高級貴族らは、人類並みの知能を持ち合わせていなかった。
「なんだありゃ――」
『バルバコア国立公園』外縁部の森林地帯をパトロールしていた車輛部隊は、樹上より突然の急襲を受けた。肉塊が降ってきた、とでも言えばいいのか。そいつは輸送防護車の天蓋に激突するとともに、背中から生やした2本の剛腕でリモート式機関銃を引き抜き、投げ棄てた。
「敵襲ッ」
襲撃を受けたのは先頭車である。
後続車は誤射に注意しつつ、先頭車の上部にうずくまる影目掛け、リモート式機関銃で射撃した。が、影は跳躍して機関銃弾を回避し、脇の雑木林へ逃れる。
「下車戦闘」
後続車の後部ドアから展開した保全隊員らは、自動小銃を構えながら奇妙なシルエットを視認した。
まずそれは人型をしていない。四脚――言うなれば四つん這いのセイタカ・チョウジュ・ザルである。そしてその背中には、“もうひとつの上半身”が乗っていた。このもうひとつの胴体から生えている腕は、人間やセイタカ・チョウジュ・ザルのそれよりも一回りも二回りも太かった。そしてもうひとつの上半身、その上部には首がある。頭がある――異形の頭部が。複数個の感覚器、つまり4対の眼球と2対の耳鼻、その他用途不明の穴を備えた頭があった。
「セイタカ・チョウジュ・ザルの、ニコイチ……!?」
ひとりの保全隊員が、生命に対する冒涜を前にして呻いた。
つまり構造は主力戦車に似ている。1匹は“車体”だ。機動力溢れる足として機能する。そしてもう1匹は“車体”に載った“砲塔”である。多数の感覚器で敵を捉え、巨大な剛腕で敵を殴り殺す。その顔に、口はない。兵器は声を上げる必要はなく、栄養を摂取する必要はない。不要な器官ゆえに、削除されたのだろう。
「すぐに楽にしてやる」
ニコイチが助走をつけた瞬間に、複数の銃口が瞬いた。
5.56mm弾が彼の身体を貫いたが、破壊衝動に駆られる怪物は止まらず、保全隊員に飛びかかる。圧倒的質量の直撃。標的となったひとりの保全隊員は瞬く間に惨殺――されなかった。タイミングを合わせて後方へ倒れこみ、その運動エネルギーを受け流す。OODA思考の適切な状況判断と、大型肉食獣との戦闘も想定しているECO特有の戦闘挙動がなせる業である。
そしてニコイチは複数の方向からフルオート射撃を受けた。
ふたつある頭部、双方が粉砕されて脳漿が飛び散り、後ろ脚の関節が砕かれる。内臓がずるりと零れ落ち、遅れてそのアンバランスな巨体もまた、崩れ落ちた。
「自然種、ではないな」
「……これが噂の、加工利用派のやり口か」
猛獣を仕留めた保全隊員らに勝利の喜びはない。あるのはセイタカ・チョウジュ・ザルの肉体を改造し、調教を加えて使い捨ての兵器に仕立て上げる所業に対する怒りであった。そしてこれをやった連中を野放しにしてはならない、とも思った。
これ以降、改造されたセイタカ・チョウジュ・ザルによる散発的越境襲撃は、複数回に上った。現場に近い村々に生息するバルバコア・インペリアル・ヒトモドキらは「おそらく周囲の貴族らが、嫌がらせか威力偵察のために送り込んでいるのだろう」と推測したが、環境省関係者もまた同様に考えた。
そしてついに、鬼威は決断した。
「環境省レッドリストの更新が必要だ。加工利用派なるバルバコア・インペリアル・ヒトモドキ亜種を絶滅必要種(N・EX)に指定する。われわれ環境省は全力を挙げて、この地球上からこの亜種を根絶し、絶滅(EX)に追いやらなければならない」
(次回更新は16日を予定しております)




