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■1.バルバコア・インペリアル・ヒトモドキとの初遭遇!(前)

 目尻から零れた涙が、埃と髪の毛だらけの床を濡らした。

 静かに泣き出したセイタカ・チョウジュ・ザルのシンシルリアは、嗚咽おえつを殺すのに必死だった。音を立てれば、また鉄格子の向こう側から棒でつつかれる。にじむ視界の中で、足首のかせが、わらったように見えた。実際にはギラリと光っただけだ。

 わかっていたはずだった。森が燃やされて逃げ出したところを罠に追い込まれて捕まったときから、こうなることは。否、物心ついた頃から、人間に捕まればこうなることはわかっていたはずだったのだ。檻に閉じ込められて売り飛ばされる。使い捨ての労働力として、あるいは家具の一種として、または食材として購入されるのだ。中には虐待用に購入する人間もいるらしい。

 どうなっちゃうんだろう……。

 檻の向こう側は無音、薄い闇がわだかまっている。心中の呟きに答える者はいない。神さえも。いや、もしかすると神様はいらっしゃるのかもしれないが、その神様でさえ人間には勝てないのかもしれなかった。人間は、人間の帝国――バルバコア帝国は、強い。


 そこまで思考を巡らせたとき、すすり泣く声がシンシルリアの鼓膜を震わせた。一瞬、自分のそれかと思ったが、違う。いま閉じ込められている室内には、数個の檻が設置されていたから、その中に拘束されている誰かだろう。

 次の瞬間、怒声が響いた。


「うるっせえ!」


 うるさいのはどっちだ、とシンシルリアが思うより先に、「う゛ぎ」という悲鳴がした。


「セイタカ・チョウジュ・ザルが、めそめそ泣いてんじゃねえよッ!」


 本気でうるさいと思ったわけではなく、おそらく見張り役は憂さ晴らしに誰かを小突いたのであろう。

 で、あればたぶんこの1回で終わる――シンシルリアはそう思ったが、そうはならなかった。


「サ、サルじゃ、ない……」

「あ゛!?」

「私たちは、エルフだ」


 2秒後、檻が開く音がした。


「あ゛あ゛あ゛髪、髪、がみ゛っ! 痛いッ痛いッ゛!」

「もう一度言ってみろ、このサル。おい、やってやろうぜ」

「お゛っ、ご……っ! やめろ、やめ――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ! 熱い! 熱い熱いあつい゛! やべ、やべでくださ゛ぁっ! うお゛っ! あ゛っ……ぎっ! す、すびばぜんでぢだ、すびばぜんでぢだ! わだぢはざるです、ざるですからどうかもう……」

「じゃあサルの真似しろ」

「え゛? ざ、さるの……」

「早くしろよこのサルゥ!」

「あぎぃっ゛! やりまず! やりまずがらやべでくだぁあ゛あ゛あ゛!」

「汚ねえッ、こいつ小便かけやがった!」

「セイタカ・チョウジュ・ザルの魔術だなこりゃ……舐めて綺麗にするんだよおらァ!」

「あい゛っ」


 エルフの――否、セイタカ・チョウジュ・ザルのシンシルリアは、耳を塞いで、ただ檻の隅にうずくまることしかできなかった。殴られたくない、蹴られたくない。無限に広がる可能性の中から、少しでもマシな未来を引き当てることが出来ることを祈るしかなかった。


◇◆◇


 日本国環境省環境保全隊・海洋保全執行艦隊の執行艦『しもきた』艦長の藤堂一実とうどうかずみは、異世界の海空が青いことに安堵していた。太陽は東の空に輝いている。僚艦の『ひゅうが』は、と彼が艦橋の窓を見やれば、3時方向に白光びゃっこうが閃き、虚空から満載排水量約2万トンの威容が滑り出るところであった。海面が割れ、押し退けられた海水が白波となって蹴散らされる。


「無事、ワープアウトしたか。地球は青かった。ならぬ、異世界は青かったってね」


 藤堂のひとりごとに、艦橋に詰める乗組員らは半笑いの表情をつくった。

 続けて『しもきた』の左舷に執行艦『はたかぜ』、『ひゅうが』の右舷に執行艦『いなづま』が出現した。両艦ともに激戦を潜り抜けてきた古強者ふるつわもの。艦載兵装と言えば高性能20mm機関砲しかもたない『しもきた』乗組員からすれば、心強いことこの上なかった。


「さて。呆けている場合じゃないな」

「はい艦長。『ひゅうが』には野生生物課の課長をはじめ、お偉方が大勢いらっしゃいますからね。ご気分を損ねたら大変だ」


 執行艦隊の行動に無駄はない。

 全艦が揃った上、後方に帰還用のゲートを生み出すシャングリラ級大出力電源艦がワープアウトしたことを確認すると、『ひゅうが』からはSH-60が飛び立ち、周辺海域の哨戒と陸地の捜索を開始した。とはいえ、このあたりの海域は異世界探索に関しては先達であった(そしていまは太平洋の底に沈んでいる)米第七艦隊によって調査済みであり、“新日本海”というありきたりな名称が付けられている。


「ひゅうがコントロール。シーホーク11、港湾を視認した。事前情報の通り」


『ひゅうが』から発艦したSH-60は特にトラブルもなく1時間ほどのフライトで、目的地となる港湾を確認した。地形は弧を描く深い湾であり、整備された埠頭もある。SH-60の操縦士は、数隻の帆船を遠目に捉えた。その瞬間、感情が高揚した。気持ちは冒険小説の登場人物である。


「シーホーク11、ひゅうがコントロール。そのまま同空域を哨戒せよ」


「ひゅうがコントロール、シーホーク11。了解した。港湾の内外には数隻の帆船が認められる。衝突等トラブルに注意されたし」


『ひゅうが』艦橋では、環境省自然環境局の面々がわっと沸いた。


「生きててよかったァ~!」


『ひゅうが』乗組員らに冷たい視線を投げかけられているのにも気づかず、みな小躍りしている。野生生物課長の鬼威おにい燦太さんたに至っては感動の涙を流していた。道具を利用するどころか、建築技術を有する動物に出会えるなんて、というわけである。他にも「これで日本は、世界人類は救われる」と大声を張り上げる者まで現れ、『ひゅうが』艦橋はちょっとした恐慌状態となった。

 日本国環境省環境保全隊が派遣された目的は、旧アメリカ合衆国が到達していた異世界における希少動物の保護や、動植物の調査・回収、有用な資源の調査である。こうした自然資源は、旧アメリカ合衆国や旧中華人民共和国といった環境汚染覇権主義国家との度重なる戦争で疲弊した日本国にとっては、まさに垂涎の的だった。そして今回は、現地で高度な社会性を有する動物たちと交流を持ち、陸上に拠点を築くことがひとつの小目標であった。


「前進半速」


 執行艦『はたかぜ』が港湾へ近づいていく。

 速力は数ノット。周囲の帆船に存在をアピールするため、警笛を鳴らしながらである。他方、『しもきた』と『ひゅうが』は沖に留まり、『いなづま』もまた両艦の護衛に残った。入港して接岸を試みるのは、『はたかぜ』だけである。その後、野生生物課長をはじめとする日本国環境省の文官らが、『ひゅうが』のCH-47JAに搭乗して上陸することになっていた。


「連中、驚いてるだろうよ。なにせ帆船の時代に、この『はたかぜ』だ」


 艦橋の『はたかぜ』艦長は周囲の緊張を和らげようと、悠然と振舞ってみせる。

 が、言い終わるか言い終わらないか、その間際に『はたかぜ』艦首方向にて白い水柱が立ち昇った。純白の柱は崩れたかと思うと、小雨となって海面へ降り注ぐ。ぱらぱらぱらぱら――それが開戦の合図であった。


「両舷前進強速」


 反射的に『はたかぜ』艦長は、増速を命じた。本能に近い。間違いなく撃たれている。このまま低速のままうかうかしていれば、次かその次の修正射撃でやられるかもしれない。

 鈍色の鉄塊は速力を増すとともに、取舵に転じた。そうしている間にも、また砲弾が落ちる。だが今度は、『はたかぜ』よりも遥か後方に着弾した。

 艦橋ウィングの乗組員が着弾位置を目視すると共に、『はたかぜ』には待ち望んだ通信が入った。空中哨戒に就いていたSH-60が沿岸砲台の存在を『ひゅうが』を通じて報せてくれたのである。続いて、『ひゅうが』の野生生物課長からの言葉も伝えられた。


「一度、人間を撃つと獣は何度でも人を撃つようになるから、遠慮はいらない」


 人類に対して危害を加えた鳥獣は心苦しいが、駆除せざるをえない。それが異世界にて独自の進化を遂げ、社会的生活を獲得した動物である“バルバコア・インペリアル・ヒトモドキ”であってもだ。

 というわけで『はたかぜ』艦長は、何の躊躇いもなく「配置つけて」と指示を出した。


「対地戦闘用意」

「対地戦闘用意」


『はたかぜ』が備える2門の127mm速射砲が旋回し、右砲戦の構えをとった。

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