サイコヤンホモ爆誕!
目の前で火花を散らせてるのは東条と番長。
「はっきり言ってアキ……不知火君は迷惑してるんだよ」
「ほう?」
「金輪際不知火君には近づかないでくれ!」
「貴様に何の権限があるのだ?」
果敢にも番長に食いかかる東条に対する番長の反応は冷静だった。
「あるに決まってるよ! ねぇ不知火君?」
いやそこで突然同意を求められても……。むしろ俺の方がその権限に疑問を抱いていたぐらいだ。
「あ、いや、うん?」
こうしたうだつの上がらない返事となる。
「ほら見たことか!」
どこが見たことなのか不明だが、そんな俺の反応でも東条の勢いは止まらなかった。
「どう見てもポカンとしてんじゃねぇかよ」
適格な番長の反撃にも東条は一歩も引かない。
「それは不知火君の頭が悪すぎるだけだ! 僕たちは正式な契約を結んでいる」
勢いにまかせてサラリと毒吐きやがった。
「どんな契約だ?」
「浦島君の魔の手から不知火君を守る契約だよ」
「……なんだその馬鹿げた契約は。不知火よ、それは本当か?」
首をこちらへ傾けた番長の眼光が今度は俺を捕らえた。東条が言っているのは俺の貞操を守ろうの会だとか言っていた件だろう。なまじ心当たりがないわけでもない。あの時の俺は本気で番長に犯されると思っていたのだ。
「……」
俺は何も言えなかった。それは番長に対する恐怖というより申し訳なさからだった。
「なぜ黙る?」
「ふん、それは不知火君が契約を認めている証拠だろう? 彼は優しいから面と向かって迷惑です、とは言えないのさ」
東条は得意満面だ。番長はしばらく黙って俺を見ていたが、やがて「そうか」とだけ言って俺の肩に手を置いた。
「そりゃ悪かった。もうお前には関わらん。それでいいな?」
「いや俺は……」
「いいんだよそれで!!」
否定しようとした俺の言葉を遮られる。何裏切ようとしてんだよてめぇは? とでも言いたげな東条の冷たい瞳が痛々しい。
「はっきり言うと最初は浦島君のこと怖かったんだ」
それでも勇気を振り絞って浦島に向き合う。オイオイ何を言い出す気だよ、と視界の外から聞こえてくるがもう知らん。これ以上勝手に話を進められたくなかった。
「今も俺が怖いか?」
「今も少し……」
「そうか……」
明らかに番長の声のトーンが落ちる。対する東条は歓喜していた。コイツも気持ちいいぐらいどこまでもブレがないな。
「でも今はそれよりも仲良くなれたらなとも思ってるんだ」
「俺と……仲良くだと?」
「まだ半日も一緒にいないけどね。どうしても周りが言うような悪い人には思えない」
「俺と一緒にいると後悔するぜ?」
「さっきも言ったろ? もうこれ以上浮きようがないんだ。俺たちははぐれもの同士ってわけ」
東条には少し悪い気がしたが、孤独に苦しんでいるであろう番長の心境を察してしまった以上、その存在を放置することはできなかった。
「フッ、それじゃあ仕方ねぇな。そこの小娘もそれでいいな?」
小娘などと番長に挑発されても東条は何も答えずただただ俺のことを軽蔑したような眼差しで睨んでいた。そして吐き捨てるように口を開く。
「心底呆れたよ。なに、なんなのこの茶番は? 自分が困ってる時だけ助け求めてくるくせに、用済みとなったらすぐポイってか。君のために必死になってた僕が馬鹿みたいじゃないか」
なかなかに辛辣な言葉だった。つい先日まで番長の恐怖から一緒に逃げよう、という空気を共有していたことは確かだ。これは一種の裏切りなのかもしれない。
「東条さん。ごめん。でも……」
「言い訳なんて聞きたくないんだよ! 君は僕との約束を破って浦島君についた。その事実は変わらない!」
「そうだよな。嫌いになった、よな?」
それならそれで有難い。などとの打算がよぎる俺の性根も腐っていた。もしかしたらこの負の連鎖から解放されるのかもしれない、と。そんな一抹の期待が成就するわけもなかったのだが。
「はっ? なに言ってんの? 嫌いになんてなってあげないよ? むしろもうどんな手段使っても君のこと手に入れるって決めたところ」
凄まじいヤンホモ臭が一帯を覆いつくす。明らかにワンランク進化させてしまったようだ。
「とんでもねぇ野郎だ」
その禍々しいオーラにあの番長までもがドン引いていた。番長も大概だが狂気さで言えば比較にならない。
「アキラ君が悪いんだからね? こんなひどい仕打ちされなければ優しいだけの僕でいられたのに」
45度顔を傾けつつ生気のない表情で東条が微笑む。
これは完全に選択を見誤ってしまったようだ。助けてくれと無言で番長に視線を向けるが番長は黙って首を横に振った。
「なに堂々とイチャついてんだよ!! その通じ合ってるみたいな仕草今すぐやめろ!!」
「は、はぃい!」
命の危険を感じた俺はもはやそれ以上何も言えなかった。ここにサイコヤンホモ東条が爆誕した。