イワナ掴み? イワナ殺し? えっ、教師〇し?
昼食後、部屋毎に班分けされた生徒たちは山間を流れる川のほとりに集められた。
ここでは予め用意されたイワナを川に解き放ち、それを生徒たちが手掴みで捕獲。解体してワタを取り除き、塩をまぶして串に刺し、炭で焼くまでの過程を体験するというものだった。
「D班はこの一帯で取るように。一人一匹だからなー!」
引率の教師の一人が俺たちD班を所定の位置まで誘導する。って浦島もいるのか、と小声で狼狽していた。
「温いな」
番長はそう呟くと小石を一つ拾い、手のひらでバウンドさせるように二度三度跳ねさせた。三度目が浦島の手のひらに着くや否や、ものすごいスピードで身体を捻らせると地面すれすれのサイドスローで川に向けて石を投じた。
超高速で水面に叩きつけられた小石は水切りの要領で10度程バウンドしながら視認出来なくなる程の距離まで消えていった。その場にいる全員が唖然とする。
しばらくして水面から浮かんできたのは白目をむいた数匹のイワナであった。
「ほら。お前らこれで楽に掴めるぜ」
番長が得意げに腕組をする。離れ業もいいところである。というかこんなのアリなのか?
「こら浦島! なんてことするんだ! これじゃ掴めないじゃないか!」
惨状を目の当たりにした教師が浦島に近づいていく。
「何だと?」
当たり前の教師の注意に対し、番長は一歩も引く気配がなかった。むしろ顔を凄ませて教師ににじり寄る。
「く、来るなこっちへ! なんだお前は? 先生を威嚇でもするのか! ああっ!?」
大声でごまかしてはいるが明らかにビビっていた。教師の矜持なのだろう。よく見ると膝がガクガクしている。
「先生よぉ。俺は魚を取れとしか言われてねぇんだよ。生きたまま手掴みしろだなんて聞いちゃいないんだが?」
「パ、パンフレット見なかったのか? イワナ掴みって書いてあるだろうが」
「だからよぉ」
浦島はめんどくさそうに川に入っていくと白目をむいたイワナを一匹掴み上げた。
「ほら、ちゃんと掴んだじゃねぇか。文句あんのかよ。ほら不知火もこっちの取っちゃえよ」
あろうことかこちらに視線を向けたのだった。
ええぇ……。そのタイミングでなんで俺まで巻き込むのぉ……。どう考えてもまだ折檻の途中じゃないですか……。
「も、もういい! お前ら勝手にしろ。他のものはちゃんと生きたまま掴むように。生き物を捕獲する難しさを体験するんだ」
今「ら」って言ったよな「ら」って……。あれ多分俺も含まれてんだろな。
仕方なく番長の元へ向かい、哀れなイワナを掴みあげる。石が当たった場所なのか一か所だけウロコが吹き飛んでいた。このイワナちゃんにとっては突然銃撃でも受けた衝撃だったに違いない。
「あの教師もとんだピント外れだな。狩りってのがなんなのかまるでわかっちゃいねぇ」
番長は再び小石を広い、手のひらでバウンドさせ始めた。その視線の先には先ほどの教師の姿がある。瞬間、イワナがはじけ飛ぶ姿と教師の姿が重なった俺は番長に飛びついていた。
「だだだ、駄目だよ浦島君。殺人になっちゃうって」
俺の二回り以上はでかい身体の重圧は圧巻だった。咄嗟だったので抱きしめるような態勢だ。
「ああん!?」
番長に凄まれ、金縛りとなる。反射的に身体が動いてしまったが、そもそも俺の膂力で止められるはずもないのだ。吹き飛ばされることを覚悟し、目をつむる。
「……」
……。
…………。
あれ? なにも起きない。確かに番長の肉厚な胸板が目の前にはあるのだが。
「お、おいおい。こんなところで恥ずかしいだろうが」
すると番長が鼻下をこすりながら赤面していた。
イヤァアアアアァアァアアァアアアッ! なにこれ! この顔完全に盛ってるんですけども!!
「ちち、違うんだこれは! なんか浦島君が先生に石でもぶつけるのかと思って止めようとしたんだ」
「別にそんな無理やりな口実立てなくても構わねぇのによ」
全くしょうがない童だぜ、と満更でもなさそうである。
遠巻きにこちらを見ていたD班の面々は口元に手をあてがいながら青ざめていた。
違う。違うんだよこれは!! 俺はただ犯罪を未然に防ごうとしただけなんだってば。
にしても番長のこの反応……やっぱクロだ。東条の分析通り、俺の股間を狙っているのかもしれない。
「なに狼狽たえてんだ。ほらさっさと捌いちまうぞ」
番長は手刀でイワナの腹を裂くと豪快にワタを引き抜き、あろうことか川に投げ捨てた。川下の方でイワナ掴みしていた集団の阿鼻叫喚が響き渡る。まさに地獄。
『ギャァーー』 『なんで内蔵が川流れてんだよ!!』 『殺人か? 殺人なのか!?』
「またお前たちか!! 今度は何をした??」
騒ぎを聞きつけた先ほどの教師がこちらへ向かってくる。そしてすぐさま状況を理解した。
「コラッ! なんてもの川に流しとるんだ! もういい! お前らは参加するな! 宿舎に戻っとれ!!」
激昂しつつ捨て台詞を吐かれ、川下で大騒ぎしている生徒たちの方へ向かっていった。
いやいや貴方キレてますけどさっき命救ってあげたんですからね?
「あの野郎好き放題言ってくれるじゃねぇかよ」
殺気を放ちつつまた小石を拾おうとする番長を何とかなだめ、宿舎へと連れて行ったのだった。