ガチ勢参入! その2
昨日はほんとの地獄だった。
番長こと浦島にトイレにて詰め寄られ、モノを見せろと脅迫されたのだ。とてもじゃないがモノを見せてハイ終わりですで済んだとは思えない。その後の急激な安堵と感謝の念から東条ともよくわからない約束をしてしまった。
登校前に枯れるほどに尿を絞り出してきた俺はまだトイレに行っていない。可能な限り水分補給を控えなんとか耐え凌いでいた。
現在五時間目。時刻は14時を回ったころである。
……これはやばい! 猛烈に小便に行きたい! 膀胱が破裂寸前であった。
こんなことなら昼休みに東条に声をかけるべきだったかもしれない。ふと斜め後ろの席の東条に目をやると頬を紅潮させ、やや荒い息遣いで舌なめずりをしていた。大人しく僕の言うことを聞かないからだよ、という心の声が聞こえた気がした。
いやでも待てよ? 今は授業中だ。ということは番長だってこの時間にトイレにいるはずがない。ちょっと恥ずかしいがここで挙手をしてトイレに行きたいと叫べば万事解決するのではなかろうか。
だがもし、万が一にでもこのタイミングで番長とボーイミーツボーイしてしまったなら……。助けが来る可能性皆無の状況下で昨日の続きが始まってしまう。
昨日の番長の眼光が脳裏を霞めた。
…………。
「だ、だめだよ浦島君!」
「うるせぇ! はよ脱がんかい!!」
あっという間にズボンを引っぺがされ、ボクサーパンツをビリビリに引き裂かれる。そのまま個室に押し込められ、俺の口元を番長の大きな手が塞いだ。
「騒いだら殺す」
「フ、フー、フガー」
「よしよし。いい子じゃねぇか」
「アッーーーー!」
…………。
「うわぁっ!!」
妙にリアルな妄想をしてしまったことで我に返った瞬間大声を出してしまっていた。
教室中が静まりその視線が俺に集中する。
「不知火君? ど、どうしたの?」
俺の突然の咆哮によって小説の朗読を中断させられた教師が驚いた様子でこちらを伺う。全身汗だくでおそらく青ざめていた俺はさぞかし体調不良に見えたことだろう。
「先生! 昼休みから不知火君お腹が痛かったみたいです」
なんだと?
東条が息を吐くようにそんな嘘をついた。
「あらそうだったの? そうゆう時は無理しないでいいのよ。誰か保健室に連れて行ってもらえる?」
「僕が行きますよ。さ、不知火君立てる?」
許可を取るまでもなく東条が俺の腕を抱え、強引に立たせられた。ここまで来るともはや否定できる空気ではなかった。
「よろしくね。では続きです。64ページの四行目からだったわね」
…………。
「駄目じゃないか、我慢しちゃ。身体に障るよ」
東条に肩を抱えられ、小言を言われながら廊下を歩く。東条は身長が160㎝程しかないため、170弱の俺を抱えるのはかなり違和感があった。だが振りほどいたら機嫌を損ねかねない。そして損ねた場合、そのまま番長の教室に向かいかねない。東条とはそうゆうタイプの人間なのだとの確信がある。
行先は保健室ではなくトイレだった。なんだか俺の葛藤まで何もかもお見通しのようだ。
「ほら、さっさと済ませてきなよ」
入り口で解放される。どうやら中までは入ってこないらしい。
「悪いな。ちょっと待っててくれ」
当然といえば当然だが中に番長の姿はなかった。便器の前でチャックを開放した途端、ナイアガラの滝のような勢いで小便が放出する。本当に限界だったのだ。助かった~。
「いやあお待たせ!」
小にしろ大にしろ、限界まで我慢していた排泄の欲求が満たされた時の快感ったらない。ご機嫌で東条の前に来たが何とも言えない顔をしている。
「もう! 君、手洗ってないだろ! 洗ってきて!!」
「そだったそだった」
急いで戻ろうとする気持ちが手洗いを忘却していた。それにしても恥じらう姿が妙に可愛いら……いやいやそんなことはない。彼は男だ。
「ほんとにしょうがないヤツだな」
今度こそ戻ってきた俺を迎える東条は呆れたように微笑んでくれたのだった。
「だけどすぐ戻っちゃったら不信がられるかもね」
「保健室行くって言っちゃったからなぁ。俺だけ適当に時間潰してから戻るから東条さんは先戻っててよ」
「僕はそれでもいいけどほんとにいいの?」
「なんで?」
「浦島君に遭遇するかもよ?」
浦島、というワードが出ただけで股間に寒気が走った。だいたい制服を無視して学ランで登校してきてるような男だ。授業に出ていなくともなんら不思議はない。どこかで俺を待ち伏せしていてもおかしくはないのだ。
「一人はちょっと怖いかも……」
情けな過ぎる一言が俺の口から漏れる。
「ほんとに保健室行こっか。現国の時間はそこで休ませてもらうといいよ」
東条はどこまでも優しい。進にしてもそうだが、味方にさえつけておけばこれ程頼もしいことはない。大人しく保健室へと向かったのだった。
「すいませーん」
保健室の扉を開けるとデスクに保健室の先生の姿がなかった。
「あれ、席外してるのかな」
東条がキョロキョロと部屋を見渡した。人の気配は感じられない。
「先生にも保健室行くことは言ってあるし、ベッド使っちゃっていいんじゃない? 休み時間になったら迎えに来るよ」
「そうするか。なんか色々ありがとな」
「ふふ、気にしないで。この貸しは後でちゃ~んと返してもらうから」
「……出来る範囲のことで頼むぜ」
どんなカタチで返済させられるのか気になったものの、俺はどこか感覚が麻痺していたのだろう。番長というあまりの巨星の出現に東条のいたずらっぽさが可愛く思えてしまう。
東条が保健室を後にし、俺はカーテンを開けてベッドへ。
「……よぉ」
そして眼前には絶望が広がっていた。俺の人生はどうしてこんななのだろうか。
「浦島……君」
カーテンを開けるとベッドに腰かけていたのは番長こと浦島太郎であった。