勇者とメイドさん その4
勇者は18歳
メイドさんは21歳
「傾国のメイドさん……ですか?」
「そ。なってみたくない?」
「いえ、王侯貴族が好きってこともなく、この国に現状不満は抱いていないので遠慮させていただきます」
ある日の夕方、庭にいるところ、唐突にご主人様が謎の言葉を振ってきました。傾国の美女だったり、悪女ならまだわかります。地味な容姿の私からすれば、なり得る可能性は万に一つもないですが。しかし出てきた言葉はメイドさん、一体どこから。私にも可能性はあります。なる気はありませんが。
「かっこいいじゃん、響きが。だいたい悪役ってことを除けば、傾国の○○は個人的に素敵な言葉だと思う」
「はあ、しかし国を相手にする程の度胸は私にはありません。いくらご主人様といえど、メイドさんの傾国化を強制するなら、今この場で自害しますが」
「えー残念、これ一本で傾国できるのに」
「剣一本でどうやって傾国のメイドさんになるんですか」
ご主人様が私に見せたのは一本の剣。華美な装飾もなく、一見普通の鋼の剣。そもそも剣じゃ誘惑も何も出来ないのでは。
「いや、これね、ただの剣じゃないの」
「と、言いますと?」
「魔王を倒す道程で見つけた傾国シリーズの一つ、『傾国の聖剣』そのものよ」
「シリーズって、他にもあるんですか……」
「盾は戦士が持ってる。他の槌と鎌と杖はどこにあるかは知らないけどね」
そんな危険な武器がシリーズであると言われると、一気に胡散臭く感じます。不思議な魔力でも篭ってるのですかね。
「でね、これ軽いからちょっと持ってみてよ」
「まあ持つくらいなら。…見かけによらず軽いですね」
「でしょ? 次は地面に突き刺してみて」
「突き刺すですか (ザクッ」
受け取った剣は意外なほど軽く、私は言われるがままに剣を地面に突き立てました。するとなんということでしょう、文字通り地響きを轟かせながら、地面が傾き始めたではありませんか。
「ご主人様、これどこまで傾くんですか」
「デフォルトが三十度、使用者が考えればその数値だけ傾く仕様。ちなみに限界は九十度」
「なるほど。あっ……傾国のメイドさんになってしまいました。この剣で自害するしか……」
「いや大丈夫。後で王様には、勇者が問題を解決してきたってでっち上げとくから」
なんとも自由なご主人様です。ただそんな簡単に見え透いた嘘ついていいものでしょうか。
「俺はあの魔王を倒したんだよ。このくらいは簡単に信じるでしょうよ」
「まだ何も言ってないんですが」
「疑問符が顔に出てたからね。ともかくこの剣はあげる。メイドさんは勇者付きのメイドさんだから、もし誰かしら権力を振りかざしてきたら、傾国するぞって脅してね♡」
「とても勇者とは思えないセリフですね」
「そりゃあ、メイドさん手放す気は全くないからね」
剣を引き抜くと地響きと共に地面が元に戻っていきます。何のために、生み出されたのか疑問しかない武器ですね。
「ちなみにちゃんと国境線から盛り上がってるよ」
「それはいいんですが、そもそもこれ脅しになるんですか?」
「最初に三十度傾けて、次は垂直にするよう言えば勝ちよ。無辜の民がどうなってもいいのかーってね。ちなみにどんなに硬い地面にも突き刺さるように、力が弱くても、なんでも突き刺さる仕様だから、それも覚えといてね」
その翌日の新聞には謎の傾国が起きたことと、勇者がそれを解決したという記事が書かれていました。
世界と戦えるメイドさんになりました。
傾国(物理)