勇者とメイドさん その3
目安は500-1500文字間
「まーた俺の負けじゃん」
「240回目ですね」
「言わないで。なんか悲しくなるから」
勇者の俺が負けることがあるとすれば、メイドさんとのゲームだけだ。メイドさんはゲームが強いのだ。びっくりするほどに。
「疲れたしお茶用意してよ」
「承知しました」
座ったまま応じたメイドさんが懐に手を忍ばせると、茶器やらお湯やらが出てくる。一体どこに収納してたのやら。
「限界まで磨かれたメイドの技術の真髄です」
「いや、ナチュラルに思考読まないで?」
「これもまたメイドの技術です」
前々から器用だと思ってはいたが、予想以上の有能さんだったらしい。大量にいる城の従者の中から、このメイドさんを見抜いた勇者の目に狂いはなかったようだ。
メイドさんは魔王を倒して俺が城に凱旋した後での、従者の褒美でしかなかったが、城がこんな逸材を放置していたとも思えない。あまり有能さを見せないよう、手を抜いていたのだろう。
「顔に何かついてますか? そんなにじっと見つめて」
「んにゃ、相変わらず従者してるなーって」
「ええ、ご主人様のメイドさんですので」
なんというか、吸い込まれそうな不思議な魅力があるというか、注意深く観察しないとわからないけどね。とりあえず言葉にできない何かしらを感じる。
「最近はずっと暇だけど、こうしてゆっくりお茶を楽しめる時間があるのは悪くなさそうだ」
「魔王を倒した甲斐がありましたね」
「いや、お茶のためでもないけどな。茶葉にも魔王の影響はあっただろうけどさ」
……メイドさんをつついてみる。つんつん。
「どうかなさいましたか?」
「いや、メイドさんだなって」
「はい。ご主人様のメイドさんですよ」
こうして思考放棄しつつ、リラックスして過ごせる時間が来るなんて、魔王を倒すまでは考えられなかった。暇で平和な世の中も悪くないかもしれない。少なくとも血と泥に塗れていたあの頃よりかは。
その日の夕飯は鯖の塩焼きだった。
つんつん