勇者とメイドさん
はじまりはじまりー。
「平和なもんだねえ」
「それはフラグのつもりですか?」
「んなわけ。もうあんな苦行はゴメンだね。ただ暇」
とある暖かな昼下がり、メイドの横で羽毛クッションのソファに身体を沈めつつ一言。
俺が勇者として、人の世へ侵攻をしていた魔王を倒してから約一年が過ぎた。その旅路や終着点は想像を絶するものだったが、今では世界は復興を着々と進めている。
「ならばそういった類のことは、あまり言わない方がよろしいですよ。お忘れかもしれませんが、この世界は神の手によって管理されていますから、この会話を聞いた結果、何かしらぶち込んでくるやもしれませんから」
正直魔王を倒すまでは、そんなことを気にする余裕もなかったし、かつ地獄だったけども、終わって平和が訪れてみれば、破格の待遇で迎えられたために、何もしなくていい状態。そのままに面倒だからって何もしないと暇だし。
「暇だ」
「なら私とゲームでもしますか? まだ仕事残ってますが」
「やだよ。だってメイドさん勇者に手加減しないじゃん。何回ボロ負かしたと思ってるの」
「……237回ですね」
そう、このメイドさんはゲームがすごい強いのだ。魔王を死力を尽くして倒した勇者でも敵わないのだ。決して俺の頭が悪い訳では無い。メイドさんが強すぎるのだ。回数からしてわかる通り、暇さえあれば挑んでいたけどこのザマ。
「じゃあ、買い出し手伝っていただけますか」
「それ従者から主人に対しての提案じゃないよね」
「知恵を絞ってもそれくらいしか浮かばなかったので」
青果店のチラシを見ながら、メモにペンを走らせるメイドさん。考える気皆無じゃん。ちなみに破格の待遇で迎えられた割に、勇者付きのメイドさんがこんな主婦じみたことをしてるのには理由がある。
魔王の侵攻により、人口は減少し、世界の経済は衰え、一部地域の作物や自然は枯れ果てるなど、世界中に多大な影響が出ているため、勇者としても質素倹約に勤しもうと、多額の金を貰ってはいるが、贅沢は控えている。世界中が勇者に感謝する中、国の外聞を保つために、こちらから突き返すことも出来ないので、しばらくして落ち着いたらこっそり突き返すつもりだ。
「そうですね、じゃあ適当な場所に観光にでも行ってみてはいかがですか」
「まだ復興が十分でないとこに行ってもね。あと行った先々で歓迎させちゃって、それ自体色々遅れたり迷惑になるから、こうして家にこもってるんだけどね」
「あれから一年経ったので、ある程度は大丈夫かと思ったんですけどね」
どうやら世界は魔王を倒した勇者に感謝しているらしい。そのことあまり気にせず、何時だったか戦士と隣国に行ったら、まだ大変そうな中すごい歓迎された。それ以来、なんか申し訳なくなって #stay home 。
「ん? 何やら外が騒がしいような」
「ちょっと様子を見てきますね」
そう言ってメイドさんが手を止めて、薄手のカーテンを開ける。その視線の先には、民家よりも大きなオークが三匹。あのサイズに合う女騎士はいないだろうなぁ。
「オークですよ。ご主人様」
「見りゃわかる。あれはほっといたら、まずよろしくないだろうな」
「さくっと倒してきてください。このままじゃ買い出しに行けません」
「そこですかい。ま、いいよ暇してたし」
街中に突然オークが現れるなど、正直どうかしている。だが魔王はそんなもの屁でもないレベルでどうかしていたのだ。だから慌てず騒がず、すぐ片付けに行くのだ。
「いってらっしゃいませ」
「片付けてくるから、買い出しよろしく」
その日の夕飯は肉じゃがだった。