生と死
「人間って死んだらどうなるの?」
閉館間際のみなとみらいの遊園地、よこはまコスモワールドの観覧車のゴンドラ内で唐突にミカは呟いた。
僕らを乗せたゴンドラはちょうどてっぺんに差し掛かる間際だった。夜の帳に輝く乳白色やオレンジ色の横浜の街並みと、港に停泊する遊覧船。全体に張り巡らされたガラスから見える横浜の夜景は、狭いゴンドラの密室空間にいる僕らを日常から遠ざけ、この世界に存在するただ唯一の存在をして僕とミカを認識させた。僕はこの上ない至福と甘美の中に包まれていたが、唐突に、現実のなかに引き込まれた。
「知らないよ。そんなの」
僕は湧き上がる腹立たしさを隠せずに、ぶっきらぼうに答えた。
「リュウくんならなんかわかるかなって思ってさ。本読むのとか好きじゃん」
「そんなの死んでみなきゃわからない。いくら臨死体験とかの知識があっても、それを伝えている人は死んでいないし。急にどうしたの?」
僕の問いかけにミカは少し表情を曇らせ、その長く艶やかな栗色の髪の毛先を指で遊ばせた。
「ちょうど1週間前、おばあちゃんが死んじゃったんだ」
ミカはそう言ってしばらく、静寂が室内を包み込みんだ。
僕たちを乗せたゴンドラは頂上を通過し、ゆっくりと下降していった。
僕とミカはほぼ毎日LINEのメッセージのやり取りをしていたが、その話題は全くにあがらなかった。僕が日常生活を送りながら、心躍らせ、ミカからの返信を待っている間、ミカは家族を失うという非日常を送っていたと考えると、ミカに送る、ふさわしい言葉は何も出てこなかった。
「ごめんね。変な空気にさせちゃって」
ミカは笑顔を作って言ったが、その目に浮かぶわずかな湿り気を僕は見逃さなかった。
「おばあちゃんのこと、好きだった?」
僕は必死に言葉を絞り出して言った。僕の問いかけにミカは小さく頷く。
「一緒に住んでいたし、うちは両親が共働きだから、ご飯作ってもらったり、風邪をひいた時に看病してもらったり、すごいお世話になった。おばあちゃん子だったんだよね私」
「そっか。何歳だったの?おばあちゃん」
「84。病気してからここ最近ずっと寝たきりでね。訪問看護師さんから、もしかしたらもうそろそろかもしれないって言われてて。体調が悪くなって、みんな集まって見届けたの。おばあちゃん、ちょっと眼をあけてね、スーッと瞼を閉じたと思ったらそのまま…」
ミカの眼前にはその時の光景が映っているのだろう。表情は強張り、俯きながら一点を見つめ、眼にたまった涙は頬を伝っていた。
また沈黙が続くと、僕たちを乗せたゴンドラは終着点に着いた。
僕らはゴンドラから降り、よこはまコスモワールドを後にした。
僕らは言葉を交わさないまま、並んで歩いた。そのままなんとなく、山下公園に向かった。公園内に人はまばらで、僕らは規則的な間隔で建っている街灯に照らされて並ぶベンチに腰を下ろした。ベンチから臨む黒く塗りつぶされた海は、華やかな港湾施設や行きかう遊覧船の灯りとは対照的に、無機質で無表情だった。
「なんか、ごめんね。変な空気にさせちゃって」
ミカは申し訳なさそうに切り出した。橙色の街灯に照らされて醸し出される寂寥感は、太ってはいないが丸顔でくっきりした二重瞼の幼い顔立ちの彼女から、幼さを消した。
「いや、いいんだよ。話してくれてありがとう。こっちこそ言葉が続かなくてごめん」
僕はなんとかこの雰囲気を和ませるように、笑顔を作って答えた。
人は死んだらどうなるか-。コスモワールドから山下公園に向かう道中、僕はちょうど2か月前に発生した東日本大震災のことを考えていた。
当時大学の春休みで、友人宅で朝まで過ごし、自宅で17時から始まるバイトまで仮眠をとっている最中だった。14時46分、僕は激しい揺れに飛び起き、焦燥感に駆られ、靴下のままマンションの自宅から外に飛び出した。