第1話 【 才能がない少年 】
小さい頃から御伽噺の主人公が好きだった。
お姫様を助けに行く英雄の物語。
魔王を倒す英雄の物語。
世界を救う英雄の物語。
どの御伽噺に出てくる英雄も全部、僕にとってはカッコイイ勇者様だった。
いつか、僕もこんな御伽噺に出てくる英雄達のように、誰かの為に戦える勇者になりたい。
そう・・思っていたんだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「ヤバいヤバいヤバい!! 遅刻だぁぁあああ!!」
バンッ!! ―――と扉を勢いよく開けて部屋を飛び出た。 すると家の前では数本の箒が手際よく自立して掃除していた。 その近くにはまるで演奏の指揮者のように両手を軽く振っている女性がが立っていた。
その女性は僕が飛び出して出て来た宿家の大家さんである。 大家さんは急いで飛び出した僕に気が付いてニコッと笑みを浮かべてくれる。
「あれまぁ? おはようさん。 そんなに急いでどないしたのぉ?」
「おはよう大家さん!! 講義に遅れそうなんだ!! それじゃあ!!」
「はいはい。 いってらっしゃ~い。」
急いで走って行く僕に大家さんが手を振って見送ってくれると箒達も同じように手を振って見送ってくれた。
「最悪だぁ! 今日に限って目覚ましの魔力電が切れてるなんてぇ!! 運が悪すぎるよ!」
僕は必死に走りながら電池が無くなり動かなくなった時計に悪態をつく。
そうしていると後ろから、ブゥー! ブゥー!とブサイクな音が徐々に近づいてくるのが聞こえた。 僕が後ろを振り向くと大きな箒に乗ってヘルメットをした人が睨みつけながら真横を通り過ぎた。
「あっぶねぇだろぉがぁ!! もっと気おつけて歩けドチビッ!!」
乗っていたのは中年くらいの男性だと推測できる。 男性は僕に罵声を言いながらそのまま箒に乗って走り去って行った。
「そっちこそ気おつけろよな!! 大型箒乗ってんだからもっと通行人の事を考えろバカやろぉ!! それと僕はチビじゃない!! まだ成長途中だぁぁああ!!」
僕は足元に落ちていた小さい石を取り上げてすでに見えなくなった大型箒が通った道に投げつけた。
すると、タイミングを見計らったように曲がり角から出て来た四足歩行の生物の頭にコツンッと当たった その生物は見た目はそのあたりにいる犬と大差変わらないが、体が1つに対して顔が3つもある。
僕はサァ~っと顔を青くした。
「なんで召喚獣のケロべロスがこんな所にいるんだよぉおお!!」
ケロべロスは石を当てられた事に怒って僕に敵意を向けて走って来た。 僕はそれに対して全速力で来た道に逃げた。
しかし相手はあくまでも召喚獣。 魔法も何も使わずに逃げる事など不可能である為、ケロべロスと僕の距離は徐々に近くなっている。
「もぉおおおおお!! 今日は朝から一体なんだってんだよぉ!!! ―――ってうぉ!!」
すると次は何もない道の真ん中で足を躓き顔から転んだ。
「イッテテテ・・はっ!!」
盛大に転んだせいで鼻を強く強打したが、僕はそんな事気にしている場合ではなかった。 僕が後ろを振り返った時にはケロべロスが僕に向けて大きな牙を向けて飛び込んできていた。
(もう・・ダメだ!)
なにもかも諦めて目を瞑ろうとしたその時、ケロべロスの体が真っ二つに分かれてケロべロスは黒い靄となって消えた。
「・・・・え?」
状況の整理がつかずしばらく呆けていると誰かが僕の肩をポンッと触れて来た。 僕はゆっくりと後ろを振り向くと、そこには絵に描いたような美少年が僕を心配そうに見つめていた。
「大丈夫かい?」
「あっ・・・はい。」
サラッとした綺麗な金髪に整った顔。 おまけにスタイルがよく身長も高いルックス。 本当に絵にかいたような美少年だった。
美少年は僕の手をソッと持つとゆっくりと立たせてくれた。
「危ない所だったね。 この辺りは召喚したまま返還もせずにほったらかしにされた魔物がたまにいるから気をつけなよ?」
「あっ・・はい。」
本来ならすぐにでもお礼を言わなければならないのだが、ニコッと笑みを向ける度になんだか神々しい光が見える美少年を見て、僕は目を細めて頷く事しかできなかった。
「・・・あっ。」
「ん? どうかしたかい?」
美少年は相変わらず神々しい笑顔を向けてくるが、僕の手を引っ張ってくれた彼の腕に傷がある事に気が付いた。
「あちゃ~。 ごめんなさい! さっきのケロべロスの時かな?」
「え? ・・あぁ。 これか。 大丈夫だよこれくらい。 それよりも君に怪我がなくてよかった。」
「残念ながら転んだ時にぶつけた鼻が今でもヒリヒリしていますよ。 ほら。 腕貸して。」
「え?」
僕は美少年の腕を無理矢理取ると、背負っていたリュックから小さい瓶を取り出して持っていた白いハンカチに軽く濡らした。 そうして濡らしたハンカチを美少年の腕にグルグルと巻き付ける。
「これでよし! 助けてもらったんだからこれくらいしないとな! 魔物の攻撃は微力な魔力が流れてるからな。 放っておくとそこから魔物の魔力が体に広がって蝕む事もあるから。 今ハンカチを濡らした液体はポーションだからこれで消毒すると魔物の魔力が体を蝕む前に消毒してくれるよ。 しばらくそのままにしているように!」
「あ・・・あぁ。 分かったよ。」
僕は1つ1つの事を美少年に説明を終えると「ハッ!!」と思いだしたくもない事を思い出した。
「そういえば今何時!!」
「え? えっと・・今は丁度9時を回った所かな?」
「しまったァあああああああああああ!!」
僕は瓶をリュックの中に押し入れてそのまま美少年の横をすり抜けて走った。
「あっ! ちょっと待って君!! このハンカチ!!」
「あげます!! あっ! あと助けてくれてありがとうぉぉおおお!!」
僕はそのまま彼の有無を聞かずにそのまま走り去った。
「おっ? なぁんだよ。 こんな所にいたのか? 早くしねぇと団長に怒られるぞ?」
美少年の探していたのかボーズ頭の顔が怖い男性が美少年に近づく。
「あぁ。 ごめんごめん! ちょっと色々あってさ。」
「色々?」
ボーズ頭の男性が怪訝な顔で美少年を見ると、美少年は少年が走り去って行った道を眺める。
「ちょっと、面白い人に出会ってね。」
「?」
◆ ◇ ◆ ◇
「お・ま・え・はぁ~!! 一体何度言わせれば気が済むんだバカ野郎!!」
「いったぁああああああ!!」
ゴンッと鈍い音がしたと同時に1人の少年が床をゴロゴロと頭を押さえながら転ぶ姿が通り過ぎる人々に注目を浴びる。
「だ、だってしょうがねぇじゃん! 来る途中にケロべロスに襲われてたんだから!!」
「そんなもん言い訳になるか!! 貴様ここに何しに来てるんだ!! たかがケロべロス一体に手こずっていたらいつまで経ってもどのギルドにも所属する事が出来んぞ!!」
またゴンッと鈍い音が辺りに広がり少年はまた先ほどと同じようにお頭を押さえながらゴロゴロと転ぶ。
するとまた通りすがりの人達から注目を浴びる。
さっきから僕の頭を殴ってくるチョビ髭の男性は冒険者やクエストを管理するギルド職員の1人。 名前を【ブリッツ・ドンナー】という。
「はぁ~・・。 貴様、今一度この国がどういう場所なのか説明して見ろ。」
僕は殴られた頭を押さえ涙目になりながら説明した。
「ここは4つのダンジョンの門が存在する境目であり冒険と魔法の国【BORDER】。」
「そうだ! そしてその冒険者や団員の一員になるには必ず手に入れておかなければならない物がある! それが俺も持っているこのカード! 【リスト】だ!!」
ドンナーが取り出したのは銅色のカード。 そのカードにはこのギルドで保管されている冒険者や団員1人1人の名前やランクが記載されておりダンジョンに潜るにはこれらのカードを提示しないと入れないようになっている。
「それなのに・・それなのに貴様は!! 毎度毎度リスト作成に必要な抗議に遅れるわ大事な試験には落ちるは一体何しにこの国に来とるんだ!! 故郷にいる家族に悪いとは思わんのか!! このドチビ!!」
「ドチビは今関係ないでしょうが!! このチョビ髭鬼職員!!」
「なんだとぉ??! この恩知らずのクソガキがぁあああ!!」
「あっ。 ヤベ。」
完全に修羅のような顔を変化したドンナーを見て少年は逃げるようにギルドから飛び出して行ってしまった。
「またんかこのクソガキィィイイイイ!! 今日という今日はもぉー許さんぞぉぉおおお!!」
しかしすでに少年の姿は何処にもなく、ドンナーは道行く人達に不信な目で見られる羽目になった。
ドンナーはそこで冷静を取り戻し渋々とギルドの中に戻った。
「お疲れ様です! ドンナーさん!!」
ギルドに戻ると事務所から同じギルドの女性職員が温かい作り立てのお茶を持ってドンナーの仕事机に持ってきてくれた。
「いつもいつも大変ですねー! あの子いつもあんな感じなんですか?」
「ん? あぁ。 君は最近このギルドに配属されたからあのバカの事をまだそんなに知らんのか。」
そういうとドンナーは引き出しから1枚の紙を取り出して女性職員に見せた。
「ん~?? ・・・あの~。 この書類を見る限りあの子リスト修得試験にもう10回以上落ちてる事になってるんですがぁ?」
「あぁ。 その通りだよ。」
お茶をすすりながら同意するドンナーに女性職員は苦笑いをする。
「えぇ~。 で、でもただリストを取得するだけですよね? 誰でも受かる試験にこれだけ落ちるのはもうあの子には才能がないんじゃ~。 それに身長も小さいですし~。」
リスト修得試験はさほど難しい物ではない。 最小で10歳の子供でも簡単に取得できる代物である。
リストの修得には大抵の魔法、大抵の知識、大抵の体力が備わっていれば誰でも修得できる。 そんな代物をあの少年は10回以上も落第しているのだ。 その証明の書類を見れば誰だって諦める事を進めるのは当たり前である。
「・・・あぁ。 確かにそうだな・・。」
ドンナーは何も言わずただ女性職員にお茶をすすりながら同意する。
「ん~!! 分かりました!! ドンナーさん! 今度あの子が来た時は私があの子の相手をします!!」
「・・・ん? なぜに?」
「ドンナーさんは顔が怖いわりにあの子に優しすぎるんです!! だから私からあの子にハッキリと言ってあげますよ!!」
「君はちょっとハッキリと言い過ぎだと思うぞ?」
お茶をすすりながら細目で女性職員を睨めつけるが、女性職員はそんな事お構いなしに話を進める。
「いいですかドンナーさん! どれだけ努力をしても報われない事だってあるんです! それなら早く夢を諦めさせて新しい道へ紹介するのも私達ギルド職員の仕事だと思うんです!!」
女性職員は胸を張ってそう言い切るとまた書類に目を通す。
「えっと~。 あの子の名前は~・・・【ライト・カレッジ】くん!」