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尚子が目覚めたのは事故に遭ってから2週間後のことだった。
彼女はすぐに自分の身体の異変に気がついた。そして、自分の右足が無くなっていることを確認して静かに涙を流した。
その後、何度か彼女は眠ったり起きたりを短い周期で繰り返した。その間、右足のことを口にすることはなかった。
一週間後、彼女は両親を呼んで宣言した。
「私、やっぱり走るわ」
「走る?」
何を言い出すのかと、母親は顔を引きつらせた。だが、尚子は笑顔を見せた。
「心配しないで。頭がおかしくなったわけじゃないわよ。足のことだってちゃんとわかってる」
「ならーー」
「今は障害者だって走ることは出来るわ。前に障害者用の義足を目にしたことがあるの。私の足なら十分に走れるはずよ」
「そんな……」
それが簡単なことではないことは両親も想像することが出来た。それだけに尚子の言葉に、すぐに喜ぶことが出来なかった。
「私、眠っている間、夢を見ていたの。夢のなかでは事故なんて無くて、私の右足もちゃんとあった。私は毎日のように走り続けていた。それなのに、どんなに走っても実感がなかった。今、私の右足は無くなってしまったけど、それでも走りたいって思うの」
真剣な眼差しに、両親は尚子の決意を感じ取った。
父は母と顔を見合わせ、やがてーー
「そうだな……パラリンピックを目指すというのもいいかもしれないな」
「うん、パラリンピックも素晴らしいわね。でも、私はあくまでオリンピックを目指したいわ。難しいのはわかっているの。だけど、私は挑戦したい」
そう言って彼女は笑顔を見せた。
それは決して強がりではなかった。彼女はハッキリと自分の未来を見据えている。
そして、彼女は夢を見る。自らの力で彼女はいつか必ずその夢に向かって走り出すだろう。
やはり彼女の夢は美しい。
了




