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その日以来、勇斗は七尾梢のことを注意して見るようになった。
どこか彼女は異質な存在に見えた。
尚子の言うように、どこが……と問われればそれは答えるのが難しい。だが、彼女の存在はどこか周りと比べて不似合いに思えた。
決して目立つような存在ではない。むしろ見た目は地味な雰囲気さえする。小柄で普段から少しうつむきがちのため、その長い黒髪で表情が見えにくい。
だが、彼女には他の人とは違う絶対的な力があるかのような気がする。それほどまでに彼女の周囲の空気だけが別のものであるように思えた。
入学からずっと登校していなかったせいか、他のクラスメイトとも特に仲が良い相手がいるわけではないようだ。いつも一人で行動していて、今どきの女子高生っぽいところはまるで見えない。
ただ、時々、彼女はクラスメイトの一人ひとりと話し込んでいる時がある。何を話しているのか、後で聞いてみるとただ昔話をしていることが多いようだ。
何か目的があるのだろうか。
不思議に思えるのは、クラスメイトの誰もが彼女がクラスに存在していることに驚きも興味も持っていないことだ。彼女のようにこれまでずっと登校してこなかったクラスメイトなど、多くの人の興味を引くはずだ。それなのに彼女に対して誰も気にかけていない。いや、むしろ今でもその存在を認識していないかのようにすら思える時がある。
そして、それは自分にも同じことが言えた。そもそもなぜ自分はこれまで彼女のことを認識出来ずにいたのだろう。
これほど身近に自分の知らない存在がいるなど、これまで想像もしなかった。
先日、彼女の姿を目にするまでその存在すら知らなかったのだ。いくら入学してすぐに事故に遭って休んでいたからといっても、それをまるで知らないなんてことがあるだろうか。
それが勇斗には理解出来なかった。
今でも無意識のうちに彼女の存在を否定している自分がいる。彼女がここに存在していることが不思議でならないのだ。
自分の知らないところで何かが動いている。いや、何かが変わりつつある。
嫌なことが起こらなければいい。
勇斗は心の中でそっと願った。
* * *
昼休み、2階の教室の窓から外を眺める。
そこにはいつもの光景が広がっているはずだった。だが、勇斗はその風景にギョッとして思わず身を乗り出した。
斜め向かいの一階にある学食に尚子の姿が見えた。それは決して不思議な状況ではない。いつも彼女は仲の良いクラスメイトと学食で弁当を食べるのを勇斗は知っている。だが、今日はいつもとは違っている。彼女の横にいるのはいつものクラスメイトではなく、別の存在だった。
(あれは……七尾梢)
二人が隣り合って席に座って、何かを話している。
思わず勇斗は席を立って教室を飛び出した。なぜ、そこまで尚子と七尾梢が一緒にいることが不安になるのか、それは勇斗自身にもわからない。だが、彼女はきっと尚子にとてつもない影響を及ぼすように思えてしまうのだ。
わずか数分で勇斗は学食にたどり着いた。すぐに尚子がいたはずの場所へと視線を向ける。
だが、既にそこには七尾梢の姿はなかった。尚子が一人で食堂に座り、弁当を広げている。
少しホッとして、勇斗は尚子に近づいていった。
「何をしていたんだ?」
「何って? お昼食べてるのよ」
不思議そうな顔をして尚子は勇斗を見た。
「さっき七尾梢と一緒だったろ? 何を話してたんだ?」
「ああ、ただの雑談よ」
「雑談?」
「思い出話。それがどうかしたの?」
「いや……ちょっと心配だっただけだよ」
「心配? 何が?」
「あの七尾梢だよ」
思わず勇斗は声を大きくした。その声に尚子はいかにも驚きーー
「七尾さん? どうしてそんなに彼女のことを警戒しているの?」
「なんか……気になるんだ」
「気になる? 彼女のことが好きなの?」
冗談めかして尚子が言う。
「そういう意味じゃないくらいわかるだろ。何か嫌なことが起きそうな気がするんだ」
「どうしてそんなことーー」
そう言って、尚子は言葉を切った。
「何? どうかした?」
「うん、そういえば……さっき話していて思ったんだけど……」
尚子は少し考え込むような顔をした。
「何かあったの?」
「私……記憶が曖昧みたいなの」
「記憶?」
「さっき小学校の頃の話をしていたんだけど、ハッキリと思い出せないの。友達のこととか、先生のこととか。どうしちゃったんだろう」
不安そうな顔で尚子は言った。
「昔のことなんて誰でもそんなものだよ」
勇斗は慰めるように言った。
「そう……なのかな」
まだ納得出来ないように、尚子は考え込むような顔をして俯いた。