45.音楽室
俺は音楽室の扉の近くで足を止めた。
ピアノの音色が耳に入る。
ドクンッ
心臓の音が聞こえる。
「進一君、どうしたの」
ピアノを弾いていた詩織が此方に気づいて笑顔で言ってきた。
俺は音楽室の中に入りながら答える。
「ピアノの音が聞こえたから」
俺は当たり障りのない回答をする。
詩織は俺の方に近づいて近くの椅子に座る。
俺も近くの席から椅子を出し座る。
「進一君、前にもこんなことあったよね」
「え、えーとあった気がする」
「あったよ、今日みたいに覗いてたもん」
「覗いては……」
詩織は楽しそうに話した。
完全に詩織のペースに持ってかれているが俺はそのまま流す。
「私ね、此処でピアノを弾くのが好きなんだ。此処はね誰にも邪魔されずに弾けるし、何より自由に弾けるから」
詩織が幸せそうな表情で語る。
ドキッ
彼女が見せるその表情がとてつもなく可愛かった。
俺は、気付かれないように息を吐き、平常心を保つ。
「でも、何で音楽室が空いてるんだ」
「あ、それは英隆先生が開けてくれてたからなの。前は忍び込んでいたと言うか、外から鍵を開ける方法を知っていたと言うかで」
詩織が視線が泳ぎながら言った。
悪いことをしていた意識はあったようだ。
「でも、今英隆先生は休んでるけど、まさか忍び込んでるとか」
「そんな事はしてないよ。他の先生に頼んで開けてもらってるの」
詩織は俺が言うと直ぐに否定して言ってくる。
その時、開いた窓から風が入ってくる。
風は詩織の髪を揺らした。
「進一君は、どうして音楽室の方に来たの。此方ってほぼなにもないよね」
「え、用はないと言うか、散歩と言うかそんな感じだ」
俺は何かをごまかすように言う。
━━何で俺、此方の方に来たんだっけ……
そんな風に考えていた。
「進一君、ピアノ弾いて良いかな」
「全然良いよ。じゃあ俺は此処で聞かせてもらうね」
「えっ、ちょっと恥ずかしいな」
詩織は少し照れて顔が赤くなっていた。
詩織はさっきまで座っていた椅子をしまい、ピアノの方にいって椅子に座り、鍵盤に触れる。
綺麗な音色が音楽室に広がる。
♪♪♪
何の曲か分からなかったが自然と聴き入っていた。
楽しそうに弾く詩織が何時もより可愛く見えた。
そんな感じに詩織のピアノを聴いているとチャイムが聞こえた。
詩織はピアノを弾くのをやめ片付けをしている。
「そろそろ教室に戻ろう」
詩織が片付けを終えてから言う。
俺は短く「分かった」とだけ返事し、音楽室から出た。
詩織は音楽室の鍵を閉め、職員室に向かった。
俺は頭の中でさっきまで聴いていた曲が流れ続けていた。
はぁ、と一つため息をする。
その後に教室へと向かって歩き出す。
ちょうど校庭から戻ってきた生徒の波に当たった。
廊下は走っている生徒も数人いた。
殆どの生徒が汗だくだった。
俺はその波にとけ、教室へ向かった。




