第09話 歪んだ正義
2019.3.11 物語のキリが悪いので、本日中(おそらく21時か22時過ぎ)に第10話も投稿します!因みに第10話は第一章の最終話です!
「そんな嘘の情報が、一般の匿名掲示版に流れたんです」
再び、一同が黙り込んだ。俺は構わず話を続ける。
「掲示板は誹謗中傷の嵐でした。なにしろ、未成年による婦女暴行事件ですからね。しかも、相手は稀に見る程の美少女……まあ、見た目だけは、ですけどね。でも、それだけで十分、世間の食い付きは違いました。それだけ、センセーショナルな事件だったんでしょう……ネットの住民には」
凄まじい勢いで立てられる、新しいスレ。そして、次々に書き込まれて行く罵詈雑言と賛同の声。
真実なんてどうでもいい。そこに明確な『悪』がいるのだから、叩く。ただ、それだけだ。何故、明確な『悪』と言い切れるのか……。それは勿論『皆んながそう言っているから』だ。
ネット上で俺を吊し上げて叩く行為は、さぞ愉悦に浸れた事だろう。なにしろ、俺は明確な『悪』。一切、遠慮する必要なんか無い。自分のリアルは棚に上げて、さも聖人であるかの如く振る舞い、レスし、裁きを下す。そうして、正義と言う名の下に『自分勝手な持論』を振りかざすんだ。自らの自尊心を満たす為に。気持ち良く無い訳がない。
「そしてある日、遂に俺の個人情報が流出しました。その掲示板に。誰が書き込んだのかは分かりません。だけど、後から見たその掲示板には、俺の自宅の住所から家族構成まで事細かく書き込まれていました」
そうなるのは時間の問題だとは思っていた。だが、その時は俺の予想よりも早く訪れた。そこからはもう、地獄だ。あの時の事は、今でも忘れられない。
「どこで調べたのか、誰かが漏らしたのか……ひっきりなしに俺のスマホが鳴るんです。メールやチャットの通知でね……。直接、電話をかけてくる奴までいましたよ」
大体は無言電話か、取っても『死ね』とかの一言で切れるんだけど。
「よく、電源を切れば良いとか通知をオフにすれば良いとか言いますけどね……そんな簡単な物じゃ無いんですよ。分からないかも知れませんけど……」
それならいっそ、スマホを解約してしまえば良い。だが、当時の俺……まだ、普通にスマホを使っていた頃の俺にとって、ネットの無い生活なんて考える事が出来なかった。
それに、見ない方が良いと分かっていても、つい掲示板を見てしまう。自分の事が何て書かれているのか、気になって仕方無いんだ。これは理屈じゃない。それに、もしかしたら自分を擁護してくれる様な事が書き込んであるかも知れない。稀にだが、確かにそう言う書き込みもあったんだ。ただ、直ぐに叩かれて埋もれてたけど……。
「分かるわ……」
悲壮な表情をした亜里沙さんが呟いた。俺の言葉に答えたと言うよりは、相槌に近い様な感じだけど。
「当時はまだ、俺は中学生でしたからね……。そう簡単にスマホの解約や番号変更は出来ませんでした。それに、その時はまだ親に知られたくないと思ってましたんで……まあ、直ぐにバレるんですけどね」
俺は、少し自虐的に笑った。相変わらず誰も反応しなかったけど。
実際、親にバレるのは早かった。あろう事か、自宅の固定電話にまでかけてくる奴等が現れ始めたからだ。
『お前の息子は性犯罪者』
『親ならこんな息子を育てた責任を取れ』
『安心して暮らせない。町から出て行け』
『死ね』
毎日の様にかかって来る、嫌がらせの電話。母さんから話を聞いた親父が警察等にも掛け合ってはくれたのだが、嫌がらせが止む事は無かった。
俺にとって唯一の救いは、両親が俺の事を信じてくれた事だった。俺の話を聞いた親父は激怒して、晴美の家に乗り込むと言い出した。だが、特に訴えられている訳でも無く、嘘をついている被害者はもはや晴美だけでは無い。結局、下手に刺激しない方が良いと言う、母さんの意見を聞き入れる事になった。まあ、俺も今更、晴美が嘘を認めるとは思っていなかったけど。
「嫌がらせはどんどんエスカレートしました。家の壁に落書きされたり、動物の死骸が投げ込まれたり……大量のコンドームが送り付けられて来た事もありましたね」
この頃が一番、嫌がらせはピークだったと思う。そして俺は、この時初めて人間の本性の様な物を見た気がした。
自分に都合の良い事実しか認めない。弱い者の声は、たとえそれが真実でも届かないんだ……。自分達にとって都合の悪い事実なら。面白ければ何でも良い。他人の生活を壊してでも、自分が優位に立っていると思いたい……そんな、どこまでも自分勝手で、破滅的な狂気。人間は、匿名になると本性が顔を出し始めるんだ。
「暫くは親父も会社を休んでくれて、ひっそりと引き籠る様に暮らしました。俺も、学校を休んで。既に、近所では色々と噂になってましたからね……。ですが、元々、精神的に弱かった母さんは心を病んでしまったんです。だから、親父は会社を辞めて三人で田舎に住もうと言い出しました」
あの時の親父は、素直に凄いと思った。家族の為に長年務めた会社をあっさり辞める決断をしたんだから。だからこそ、俺はこれ以上、親父と母さんを巻き込みたく無いと思った。
田舎なんて、ここより人の噂が広まるのが早い。こう言う話は不思議とどこかから漏れる物だ。しかも、親父達にとっての実家は最後の砦……田舎でまで噂が広まれば、母さんに安心出来る場所が無くなってしまう。俺のせいでそんな事になるなんて、絶対に嫌だ。
「これ以上、二人に迷惑をかけたく無かったんです……だから、俺はどうしてもこっちで行きたい高校があるからと嘘を付きました。俺は平気だから、この町に残りたい……って」
「だから夏樹君、一人暮らしなのかぁ……」
いつも、家では一人だと言っていたからだろうか……。希ちゃんは、勝手に俺を一人暮らしだと決め付けていた。
「親父は、渋々ですが俺の夢の為に了承してくれました。まあ、夢なんて何も無いんですけどね……。それで俺は、暫く平気な顔をして学校に通う姿を見せ続けたんです。正直、かなりキツかったですけど……ですが、お陰で親父達を安心させて田舎に帰す事が出来ました」
「優しいんですね……」
秋菜が柔らかい笑みを浮かべて呟いた。優しいのかと言われれば、俺にそんな自覚は無い。ただ、あの時はとにかく親父と母さんに心配をかけたく無かったんだ。
「別にそんな事はないよ……」
何だか相手が秋菜だと、どうしても無愛想になってしまう。自分でも照れ隠しなんて情けないとは思うのだが……。俺は、気を取り直す様に珈琲を口に運んだ。そして、話を戻す。
「だけど、それからが大変でした。一応、高校受験が終わる迄は親父が毎週泊まりに来てたんですが……。受験に合格してからは、母さんの治療に専念する事になったんです」
正直、毎週このS市まで通って来るのも大変だったんだろう。親父の実家は同じ東北だが、それでも車で四時間はかかる。
「親父が来ないのは別にいいんですが、その分、スマホに電話がかかって来る事が多くなりました。まあ、大概『元気でやってるか』程度の他愛もない話なんですが。だけど、その電話に出ないと心配するんで、今まで以上にスマホの着信には気を使わないといけなくなったんです」
それの何が問題なのか。皆んな、そんな表情をしている。それを見て俺は続けた。
「実は、流石にこの頃になると家への嫌がらせは殆ど無くなっていたんですが……相変わらず、俺個人への嫌がらせは続いていたんです。それも、かなり酷くなって」
この頃、家族がいない事がバレたのかどうかは知らないが、家への直接的な嫌がらせは鎮火傾向にあった。だが、その分、俺への直接的な攻撃は更に酷い物になっていた。
相変わらず、心を抉られる様な書き込みの数々……それに加え、日に日に増していく嫌がらせの電話やメール。そして、中学よりも酷くなった高校生活。
「高校に行けば何か変わるかなと思ったんですが……実際は、中学よりも酷くなっていたんです。原因は分かっていたんですけどね……」
俺も考えが甘かったんだ。高校に行けば何かが変わるかも知れないなんて……。
「──晴美も同じ高校に合格していたんです」
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