第08話 軽すぎる悪意
※2019.3.6 第07話にリーさんと希ちゃんの描写を冒頭に加筆しました。既に読まれた方は、お手数ですが良かったら読み返してみて下さい。
「俺が交際を断ったその女……晴美に乱暴した事になってたんです」
正確に言えば、未遂。だが、それでも口に出すのが憚られるくらい、かなり際どい所までやった事になっていた。
俺の衝撃的な発言に言葉を失う、常連客のみんな。しかし、やはり亜里沙さんだけは何か知っていたのかも知れない。俺の言葉を聞いてもまだ、それ程動揺していない様にも見える。逆に、一番ショックを受けているのは秋菜だ。俺は、その様子を見て思わず声を荒げた。
「勿論、俺はやってない!」
突然の強い語気にビクリと反応する秋菜。しかし、その表情はどこかホッとしている。俺を疑っていた訳では無いんだろうが、はっきり言葉で否定された事で安心したのかも知れない。
俺は落ち着きを取り戻そうと、もう一度、珈琲を口に運んだ。少し、冷めかけている。俺は、少し温くなったその珈琲をそのまま一気に飲み干した。そして、幾らか冷静になった上で話を続ける。
「晴美は、恥を掻かされた腹いせに俺を貶めようと嘘を付いていたんです。俺に乱暴されたって……」
表向きは、誰もが認め憧れる学校一の美少女。そんな、清楚系ヒロインの晴美が乱暴された事になんてなれば、学校中を揺るがす大事件だ。
確かに当時、晴美はその男遍歴から、相当、遊んでいるのではないかという噂が流れていた。しかし、それはあくまで噂にしか過ぎない。晴美が男子達の憧れの的で、女子達からも絶大な支持を得る絶対的なヒロインである事に変わりは無かった。まして、晴美はカースト一位の権力者という、裏の顔も持つ。
そんな彼女が、初めてを奪われそうになったと、脅え、震えてみせたのだ。怒りや同情こそすれ、その言葉を疑ったり、ましてや反論出来る様な者等はいる筈も無かった。
そして、その初めてを力づくで奪おうとした憎き男……クラスの連中にとって、それは正しく俺だった。
「どうしてそんな事を……」
信じられないといった表情で、秋菜が呟く。まあ、普通の女の子なら理解に苦しむのも無理は無い。自分が乱暴されそうになるなんて、トラウマになってもおかしく無い話だ。誰にも話せず、泣き寝入りしてしまう場合も多いと聞く。だが、そこが晴美の巧妙な所だった。
「晴美は自分に酔っていたんですよ……力ずくで乱暴されそうになって尚、勇気を振り絞り告白する、悲劇のヒロイン役に。クラス中の同情を一身に浴びた、あの時の晴美は本当に満足そうな表情をしてましたよ」
理由なんて、本当の事は俺にも分からない。ただ、精一杯の皮肉を込めて俺は話した。しかし、満更嘘という訳では無い。確かにあの時、俺には晴美の顔が満足そうな表情にしか見えなかった。あいつの嘘を知る俺だからこそ、気付けた事なのかも知れないけど……。
一番、言い辛かった所は吐き出した。俺はフゥッと一つ息を吐いて、仕切り直しに珈琲カップを持ち上げた。俺が空になっている事に気付くと、その様子を見た亜里沙さんが温めてあった新しいカップを取り出し、お替りを準備する。暫くすると、静かな店内にサイフォンのフラスコからコポコポと香りと音が充満し始めた。
期を見て、俺は続きを話す事にした。
「俺は誤解を解こうと説得して回る事にしました。そんなに多くは無かったんですが、とりあえず、比較的仲の良かった友達から……。何人かは誤解も解けて、同情もしてくれました。少なからず、晴美の噂は良い物ばかりじゃ無かったですからね……誰も、表立っては言えませんでしたけど。で、少し気持ちが軽くなっていた俺は、ある日、隆に見せて貰ったグループチャットを見て愕然としたんです」
落ち着きを取り戻していた俺は、淡々と話を続ける。
「俺に同情してくれた、その何人か……そいつ等が、先頭になって書き込んでいたんです……根も葉もない事を、そのグループチャットに」
その内容は酷い物だった。やれ、俺に買収されそうになっただとか、仲間になれと脅されただとか……。中には、自分も犯されそうになったとか言う、信じられない様な話まで存在した。しかも、それを書いていたのは、殆ど話もした事が無い女子なのだ。
「表情では同情していても、腹では何を考えているのか分からない……。その時は、目に映る奴等全員が信じられなくなりました。こいつもどうせ裏では何を書き込むか分からないってね……」
よく断れたねだとか、暴力に屈しなくて凄いだとか……俺が相談した奴等が、俺をダシに称賛を浴びているグループチャット。そこでは、一時の注目を浴びて悦に浸りたい奴等が平気で嘘を重ねていた。俺を裏切り、陥れ、そして、それを利用して晴美に媚びを売る。自分は裏切らなかった! 褒めてくれ……と!
スマホの画面に映された、その異様な雰囲気に俺は吐き気がしたのを覚えている。
「俺は隆に頼み込んで、そのグループチャットに招待して貰いました。こうなったらその場で直接、誤解を解こうと。奴等の言っている事は嘘ばかりでしたからね……弁明の余地は幾らでもあると思ってました。ですが……」
俺は甘かった。人間は、自分を守る為なら平気で嘘を付く。
「俺をネタにしていたそいつ等は、手を組んだんです。まるで、俺の言っている事の方が出鱈目になる様に、口裏を合わせて。お陰で、俺は完全に逃げ場を失いました。しかも、暴行未遂だけじゃ無く、そいつ等が付いていた嘘まで真実にされてしまったんです」
面白おかしく嘘の書き込みをしていた奴等は、俺の予想以上に多かった。おそらく、軽い気持ちで書き込んでいたんだろうが……単純に、その数の多さも俺を傷付けた。そして、そんな嘘がバレて困る奴等が全員、手を組んだ。当然、俺に勝てる筈なんて無い。
「俺の噂はえげつない物になりました。晴美を襲っただけで無く、他にも何人かに乱暴してた事になって……その上、気に入らなければ暴力を振るい、裏で暗躍するキャラまで足されましたよ……」
流石に俺も笑うしかなかった。幾ら何でも、あれは酷い。何しろ、日に日に俺の悪事が増やされて、設定が継ぎ足されて行くんだから……。裏で暗躍って、何者なんだよ……俺。
「幾ら何でも酷過ぎ無い、それ……?」
自虐的に笑う俺を見て、希ちゃんが割り込んで来た。まあ、普通は誰でもそう思うだろう。どうやら、彼女も例外では無い様だ。
「真実かどうかなんて、どうでもいいんですよ……あいつ等にしてみれば。自分にさえ被害が及ばなければ、面白ければ何でもいい。例え、他人どうなろうとね」
亜里沙さんが無言のまま、二杯目の珈琲をカウンター越しに手渡して来る。俺は、それを受け取りながら話を続けた。
「そして、ある日トドメの出来事が起きました──」
そのまま珈琲を一口飲み、小さく深呼吸する。そう……話はこれで終わりじゃない。
「──そんな嘘の情報が、一般の匿名掲示版に流れたんです」
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