第11話 もう一つの顔
「大丈夫。うん……心配ないよ。うん、じゃあ」
ガチャリ。
リビングの入口横に置かれた、固定電話の受話器を静かに戻す。
「全く……心配し過ぎなんだよな、親父は」
俺は、少し申し訳ない気持ちになりながら呟いた。この電話を使うのも久しぶりだ。あれ以来、親父は俺を気遣って余り電話はかけて来ない。俺がまた、スマホの時の様に着信に怯えてしまうかも知れないと思っているらしい。全く、どこまでも親に心配をかける駄目な息子だなと俺は思った。
「ガソリンが手に入らないんだから、どうしようもないじゃないか……」
どうも最近、独り言が増えた様な気がする。
親父の電話は、正にそのままの内容だった。どうやら、田舎でもS市と同じ様な状況らしく、ガソリンが手に入らないらしい。こっちに来たくても動けないそうだ。俺の依存症の具合や嫌がらせが無いか等も心配していだが、何より、食べ物を持って来たかったみたいだけど。
食料は十分な買い溜めがある事を説明し、親父を安心させるのには苦労した。なにしろ、食べる物が無いなんて言えば、歩いてでも向かって来かねない親父だからだ。俺は、キッチンのカウンター越しに、シンクに山積みされたカップ麺の容器を見て呟いた。
「カップ麺ばっか食べてるなんて知ったら、マジで来かねん……」
苦笑いを浮かべ、そのまま革張りのソファにもたれ掛かる。テレビを点けていないリビングは、静寂に包まれていた。俺は、そのままゴロンと横になり、頭の後ろで両手を組んだ。
あの日から、ちょうど三日か……。
──『シークレット・フェアリー』。
『妖精の隠れ家』のもう一つの顔。世間は相変わらず戦争だのテロだのと騒ぎ立てているが、俺はこの三日間、ずっとこの事で頭の中がいっぱいだった。
俺が『スマホを持てなくなった理由』を話した、あの日……。あの後、亜里沙さんは全てを話してくれた。いや、正確には、幾つか聞かされてない事もあるみたいだが……。それでも、俺にとってはかなり衝撃的な内容だった。
『シークレット・フェアリー』。
……『妖精の秘密』。
まさしく、そのまんまの意味だ。亜里沙さんを始め、オカキンも萌くんも希ちゃんもリーさんも……そして、秋菜も。皆んな、『もう一つの顔』と『秘密』を隠し持っていた。しかも、ある意味、俺とも共通する様な過去を……。
「まさか、皆んな俺と同じだったなんてな……」
また、思わず独り言が零れた。其々が隠し持っていた、『過去』という名の『傷痕』。同じなのは、全員、ネット上での誹謗中傷が切っ掛けになったという事だ。それは大手掲示板であったり、SNSであったり……萌くんや希ちゃんはブログも炎上したそうだ。
とにかく、聞けば皆んな俺と同じ様に個人情報を晒され、まともに生活出来ないレベルの被害を受けている。それも、普段ああして笑っていられるのが不思議に思えるくらい酷いレベルの……。
そんな彼等が互いに救いを求め、守り合う様になって出来たのが、自衛の為の集団……『シークレット・フェアリー』らしい。其々が何処でどうやって知り合い、どの様にして結成されたのか迄は分からない。だが、今では同じ様な被害に苦しむ人達を守り、救う様な活動までしているそうだ。俺には、彼等が同じ傷を持つ者として、絆みたいな物で結ばれている様にも見えた。
そして、俺がこの三日間、頭を悩ませている理由……。
それこそが正に、彼等が行っているという活動についての物だった。ネット上の見えない悪意から身を守り、苦しんでいる人達を救う……。話だけ聞けば、とても良い活動だ。そんな事が本当に可能なら、俺だって自分と同じ様な目にあっている人達を助けてやりたい位には思う。
だが、俺にはその方法が、どうしても素直に受け入れられなかった。その原因が、亜里沙さん達が抱えている秘密とは別にもう一つ、其々が隠し持っていた別の顔……。そして、亜里沙さんが俺の過去を知っていた理由に関係していた。
「良い事だって言うのは分かるんだけど……」
この三日間、何度この言葉を呟いたか分からない。あの日から、ずっとこの調子だ。頭では理解しているんだが、感情がそれを許さない。そう。俺が『シークレット・フェアリー』の一員になる事を。俺はこの気持ちの引っ掛かりが原因で、せっかく誘ってくれた亜里沙さん達の話に対し、未だに返答出来ないでいた。
どうしても引っ掛かってしまう、その内容。それは、リーさんの『もう一つの顔』に関係していた。
いつも、カウンターの端でノートPCを開いている物静かなサラリーマン。俺がそう思っていたリーさんは、とんでもない凄腕のハッカーだったのだ。なんでも、以前は優秀な人材だけを集めた研究所みたいな所にいたらしい。リーさんは、そこで革新的な技術の開発に携わっていた程の人だと聞かされた。どうして『シークレット・フェアリー』にいるのかは知らないけど、おそらく何か深い事情でもあるのだろう。他のメンバーも皆、何かしら辛い過去を抱えているみたいだし。
そして、そんなリーさんはネット上で驚異的な能力を発揮していた。守るべき対象に対してネット上で悪意をばら撒く輩達を、尽くその技術で特定していくのだ。無責任な発言を繰り返す見えない悪意に対し、時には容赦なく攻撃的に。
殆どの人は、突然送り付けられた自分の個人情報が赤裸々に記されたダイレクトメール等で震えあがり、大人しくなってしまうらしい。だが、中にはそれでも悪事を止めない、悪質な相手もいたそうだ。そんな相手には、リーさんが容赦なくそれ以上の個人情報を晒す。住所や氏名等の基本情報に留まらず、過去の恥ずかしい内容の買い物履歴や趣味嗜好、交友関係に至るまで。それはもう、徹底的に。流石に周りにまで被害が及び始めると、どんな人間でも泣いて謝罪を始めるらしい。
偶々、俺が見せて貰った場合では、泣きながら土下座するその男の様子がツリッターに晒されていた。その悲惨な様子がネット上で噂になり、今では、ハンドルネーム『妖精』は抑止力としてもその存在に期待が寄せられているそうだ。
勿論、亜里沙さん達も好き好んでやっている訳では無いだろう。そんな事は俺だって分かっている。個人情報を晒されて、誰よりも傷付いて来た過去を持つ者の集まりなのだから……シークレット・フェアリーは。それがとても辛い選択だった事は容易に想像がつく。そんな事を喜んでやりそうな集団には、とても見えない。
それに、俺だってもう高二だ。世の中、綺麗事だけじゃどうしようも無い現実がある事くらい、流石に知っている。だが、どうしても抵抗があるのだ……。自分を地獄に叩き落した、その『晒し』という同じ行為に携わるという事に。
「いつまでも逃げている訳にはいかないよな……」
思考の波に飲み込まれそうになった俺は、大きく息を吐き、そして座ったまま軽く背筋を伸ばした。そして、もう一度亜里沙さん……いや、シークレット・フェアリーのメンバー達と、その活動について向き合う決意を固めた。
もう一度、ちゃんと話をしてみよう……。
こないだは余りに突然の出来事に、冷静に話を聞く事が出来なかった。それに、まだ聞けてない話だって沢山ある。あの時は、途中で逃げる様に帰って来てしまったからな……流石に少し気まずい。……秋菜の事も気になるし。
「明日、久しぶりに『妖精の隠れ家』へ行ってみるか……」
──たった三日なのに、何だかとても久しぶりに感じる『妖精の隠れ家』。俺は、明日の事を考えて少し高揚する自分を抑えながら、この日も短い眠りについた。
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