第10話 シークレット・フェアリー
「──晴美も同じ高校に合格していたんです」
自分でも間抜けな話だと思う。何故、その可能性を考えていなかったのか……。時間がたてば解決するかも知れないなんて、考えが甘いにも程がある。でも、まさか晴美の成績で俺と同じ高校を受験しているとは思わなかったんだ。同じく合格した隆もその事は教えてくれなかった。
「高校では、特に晴美が率先して噂を流す様な事はありませんでした。ですが、逆にそれは、もう俺の噂が晴美の手を離れていただけの事だったんです。わざわざ自分で噂を流す必要も無いくらいに……」
既に、俺の噂は全校中に知れ渡っていた。女子の弱みに漬け込み乱暴を働く、最低の男として。
「表立っては誰一人、何もして来ないんですよ。そう、本当に何も。まるで俺は、そこには居ないみたいにね。いっそ暴力でも振るわれた方がマシでしたよ……それくらい堪えるんです。存在を認めて貰えないって言うのは」
俺はこの頃、既にリアルでの友人は一人も居なかった。いや、唯一親友の隆だけは、色々と相談に乗ってくれてたけど……勿論、人目を盗んでだが。隆も、堂々と俺に仲良く接する訳にはいかなかったんだろう。だが、当時の俺にはそれだけでも随分心の支えになって貰った。
しかし、他人との交流と呼べる物はそれだけだ。全てに疑心暗鬼になっていた俺は、他人に対して酷く臆病になっていた。何でも疑ってかかる用心深い性格は、この頃からだった様な気がする。アカウントまで特定されていた俺は、SNSですら誰からも相手にされなかった。孤独というのは精神を蝕む。俺はどんどんネガティブな思考に飲み込まれた。
「その癖、話題の中心はいつも俺の事なんです。皆んな、腹の中で俺の事を罵ってる。そして、俺の居ない所でそれをぶちまけるんです。高校に入って悪質だったのは、わざとそれを俺に見せつけて来る事でした……わざわざ俺をそのグループチャットに招待して、ね」
毎日、毎日繰り返される、俺への誹謗中傷。そして、それを笑うクラスメイト達で溢れたグループチャット。見なければ良いのに、どうしても見てしまう。最早、隠そうともしなくなった悪意が、ネットを介して毎日俺に向けられて来た。だが、面と向かっては誰も、何も言って来ない。親父からの電話を取らないと心配するから、スマホを放置する訳にもいかない。嫌がらせだと分かってて、いちいち通知には反応しなければならない日々……。
「俺はもう限界でした……。いつ、親父からの電話が入るか分からない。着信を取り逃さない様に、スマホを握りしめて寝る様になりました。で、突然震えだすスマホのバイブ機能にビクッとして起きるんですよ。でも、慌ててスマホを見ると、大体『死ね』とか『学校に来るな』とかいうメールなんです。流石に参りましたね……あれは。あそこまで毎日続くと」
「夏樹君……」
ははは、と苦笑いをして見せた俺に、亜里沙さんが痛々しそうな目を向けて来る。おそらく同情してくれているんだろうが、俺は何故か恥ずかしかった。とても惨めな気分だ。俺は、亜里沙さんの視線には気付かない振りをした。
「お陰で俺は、まともに眠れなくなりました。実は、今でも殆ど寝てません」
反応なんか無いと分かりつつ、俺は空気を変えようと笑って見せた。
この頃の俺は、所謂、不眠症という奴だ。だが、今はそういう訳でもない。生活もかなり改善されて、それなりに安心して眠る事も出来る様になった。だが、相変わらず睡眠時間は短い。期せずして俺は、俗に言う『ショートスリーパー』とか言う奴になっていたらしい。なにしろ、一日一時間くらい寝れば十分なのだから。
案の定、何の反応も示さずに聞き入る一同を見て、俺は話を戻した。
「あの頃の俺は異常でした……スマホをいつも握り締めて。所謂、依存症って奴なんですかね……悪い意味で。毎日、自分の事が書かれてないか掲示板をチェックして、エゴサもして……。世の中の目が気になって仕方無かったんです」
気にしなければ良いと言う意見もあるだろう。だが、俺には出来なかった。そこまで意思が強く無かったんだ。自分の評判が気になる、自分を擁護する声が無いか気になる……そんな、自分が一番知りたい事が、目の前のスマホを少し弄れば覗けるんだ。そんな誘惑に、気持ちの弱り切った俺が勝てる筈なんて無かった。
「そんな、異常なくらい周りの目を気にしていた俺だから気付けたのかも知れない……。ある日、掲示板にこう書き込まれていたんです。『あいつ、殆ど眠れて無いらしいから、どうせなら夜中に凸しよーぜ(笑)』って。俺が見てないとでも思ってたのか、油断して口が滑ったのかは迄は知りません。ですが、俺は見てしまった……見てしまったんです。隆にしか話してない、俺と隆しか知らない筈の事実が書き込まれている掲示板を……!」
俺の言葉を聞いて、横にいるオカキン達が顔をしかめた。だが、俺は気にせず一気に捲し立てる。
「隆は俺の相談に乗る振りをして、陰で他の奴等と一緒に笑ってたんですよ……俺の事を!」
後になって思えば、不審な出来事は幾らでもあったんだ。隆に相談した途端に俺が一番傷つく様な嫌がらせが始まったり、書き込まれたり……。だが、どれも決定的な証拠がある訳では無かった。だから、俺は単なる偶然だと思い込む事にしてたんだ。あの時の俺は、隆しか信用できる味方が居なかったから。
「俺にバレた事に気が付くと、隆は開き直りました。その時、初めて知ったんです。中学時代、俺が嫌がらせを受け始めた頃、隆と晴美が付き合い始めていたって言う事を」
晴美が、俺を陥れる為に隆に近づいたのかどうか迄は分からない。だが、俺にはそうとしか考えられなかった。隆も一応、イケメンの部類には入るのだろうが、晴美の男遍歴を考えると、どうしても一段落ちる。俺の情報を得るために、利用されていたとしか考えられない。事実、俺も気付かなかったくらい、二人が学校で一緒にいる所を見なかった。隆はおそらく『皆には内緒で付き合いましょう』とか、都合の良い事でも吹き込まれていたんだろう。
「酷い……」
「どうして、そこまで……」
隆に対してなのか、晴美に対してなのか……或いはその両方か。秋菜は悲しそうに呟き、希ちゃんは疑問を口にした。晴美の目的なんて俺には分からない。下手したら、本人は罪悪感すら持っていないのかも知れないのだから。
「俺にも分かりません。ただ、ハッキリしてるのはその日以降、明からさまに嫌がらせが酷くなったという事と、俺は本当に一人になってしまったと言う事です。唯一の味方にも裏切られて……。それからはもう、俺はボロボロになって行く一方でした。誰にも相談できなくなって、どんどん精神的に追い詰められて……しかも、殆ど眠れない。毎日、毎日、スマホの着信音に脅える日々。それでもスマホを手放せない。地獄でしたよ……本当に……」
あの頃の俺は、本当にボロボロだった。着信音が怖いのに、スマホからは離れられない。よく闇金なんかの執拗な取り立てで自殺に追い込まれてしまう人の話を聞くが、もしかしたら似た様な精神状態だったのかも知れない。
「何とか強がって隠してたんですが、流石に痩せ細って行く俺を見て親父も気付きました。それが、こないだの春休みの出来事です。俺の話を聞いた親父は、田舎に帰って来いと言いました。ですが、それだけはしたく無かったんです……迷惑をかけたくないって言うのも勿論ありますが、何だか悔しくて……」
俺はグッと奥歯を噛みしめた。そして、二杯目の珈琲も飲み干し、ようやく亜里沙さんの質問に答える。
「俺がスマホを持てない理由……でしたよね。それは、それが親父から出された、S市に残る条件の一つだったからです。俺は、重度のネット依存症でした。健全な精神を取り戻すには、一度ネットから完全に離れる必要があったんです。親父はそう言って、無理やり俺からネットを取り上げました。PCもテレビも、そしてスマホも。ネットに繋がっている全ての環境をね」
ネットでの誹謗中傷に耐えかね、恐怖症の様にネットが触れなくなる症状があると聞いた事がある。だが、俺は違う。寧ろ真逆。余りにもネットが気になり過ぎて、生活に支障をきたすレベルの依存症に陥ってしまったんだ。だから、俺はスマホを持たない……いや、持ってはいけないんだ。
「フゥ……」
俺は話を終えると、ゆっくり息を吐いた。店内は静まり返り、目の前の珈琲カップも空だ。何だか手持ち無沙汰だし、どうしていいか分からない。すると、ようやく亜里沙さんが口を開いた。
「夏樹君……辛い話をさせてごめんね。でも、ありがとう……私達を信じて話してくれて。皆んなもこれで分かってくれたかしら?」
やはり、初めから何もかもを知っていたかの様に、何かの同意をオカキン達に求める亜里沙さん。分かってくれたかって……一体、何の話だろう……。
何気無しに様子を眺めていると、オカキンと萌くんは大きく頷き、希ちゃんは『もちろん!』と元気よく返事した。リーさんは黙って腕を組み、目を閉じたまま頷いている。亜里沙さんが隣に目をやると、秋菜もコクリと頷いた。
一体、何を確認しているんだろう。俺がそんな事を考えていると、亜里沙さんがニッコリ笑って話し出した。
「やっぱり夏樹君には話す事になったわね……。どうして私達がこうしてコッソリ集まっているのか。全て説明するわ。ただ、その前に一言だけ言わせて?」
そう言って『お決まりなの』と前置きし、悪戯っぽく笑う亜里沙さん。すると、いつの間にかオカキン達もカウンター席から立ちあがっていた。
コホンと一つ、小さな咳払いする亜里沙さん。すると、それを合図かの様に皆んなが両手を広げ……声を合わせた。
「「──ようこそ! 『妖精の隠れ家』へ!!」」
※本話にて第一章「電脳の少女」は終了です。宜しければ最新話下部の「ポイント評価」から作品を評価して頂けると嬉しいです!(後から何度でも変更出来ます)第二章「妖精の隠れ家」も今週末(日曜)にスタートする予定です!是非、読んでみて下さい。
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