第01話 電脳の少女
※2019.02.15 新連載始めました!
※本作品は「横書き」のままお読み頂く事を推奨しております。(縦読みだと一部文字崩れを起こす可能性があります)
「──緊急速報です! たった今、我が国に対しF国がミサイルを発射したとの情報が入りました! 現在、自衛隊がA国と連携し対応に当たっている模様です!」
突然飛び込んで来た、女性アナウンサーの慌てた声。俺は、余り聞き慣れない情報に足を止めた。
は?
ミサイル?
我が国に対してって……何言ってんだ? 何事かと思い、特に慌てる事も無く声の主の方を見上げた。駅前のビルに設置された、どこにでもある様な巨大モニター。その中で、明らかに動揺したアナウンサーが手元のニュースを読み上げていた。やれ、首相官邸は何だとか、情報筋によるとどうだとか……ハッキリしない情報を、真面目な顔で伝えている。ふと見ると周りの人達も足を止め、皆がその言葉に耳を傾けていた。
一体、何を言ってるんだ?
内容に理解が追い付かない。確かにF国の大統領による過激な行動や発言は、ここ最近ニュース等でよく耳にする。しかし、だからと言って、いきなりミサイルを撃ち込んで来たと言われても、今いちピンと来ない。自国にミサイルを放たれたと言うのに、どこか他人事の様な感じがする。
これが平和ボケと言う物だろうか。
アナウンサーの言葉を聞いても、何故か緊迫感という物が感じられない。ふと周りに目をやると、殆どの人が俺と同じ様な感じに見えた。
嬉しそうに何処かへ電話している大学生。
SNSらしき物へ書き込みする女子高生。
じっとスマホを眺め、何かを調べているサラリーマン。
中には少し怯えた様子を見せる人達もいたが、大半の人は、どこか他人事の様にヘラヘラと笑い、手元のスマホを弄っている。
奇妙な光景だな……と俺は思った。
ミサイルが飛んで来るかも知れないと言う、謂わば緊急事態。なのに、逃げるでもなくスマホを弄り出す人達。勿論、情報がガセという可能性はある。しかし、そんな簡単にスマホで真偽が分かる様な事じゃない。なのに皆、自分がどうするべきかをスマホの情報に頼っている。
普通こう言う時は、もっとパニックが起こる様な物なんじゃないのか? 何故、他人と情報を共有せずに、個人でネットに答えを求めるんだ……意味が分からない。
スマホを持たない俺は、奇妙な違和感を感じながら、暫く周りの人達の様子を眺めた。それだけでも、ある程度の情報を得る事が出来る。
「──だから、こんな地方都市にミサイルなんか飛んで来る訳ないだろ……」
「これヤバくないっ? 狙わてるのY市だって!」
「いや、多分A国が迎撃ミサイルで……」
「すいませんっ! 電車が止まっておりまして──」
……なるほど。
噂程度の情報だが、俺は自分なりに整理した。
俺が住んでいるこのS市には、確かにこれと言った軍事施設等は近くに無い。東北では人口もそれなりに多い都市のひとつだが、所詮、只の地方都市だ。確かに、最初に狙う対象としては可能性が低い場所かも知れない。だがそれも、あくまで可能性の話だ……絶対ではない。
それに比べれば、狙われたと言われているY市はこの国の首都にも近い。人口も多い大都市だし、爆撃なんてされたらとんでもない被害が出るだろう。ソースはどこか分からないが、確かに狙われる可能性はここより高い。一応、Y市には軍事施設が近くにあるし。だが、情報の出処が分からない以上、あくまで噂。こんな情報を鵜呑みには出来無い。
まして、A国の出方なんて……それこそ俺には分からない。
電車は……知らん。
とにかく、俺は訳あってとても臆病で疑り深い。それも、異常な程に。
何でも疑ってかかるこの性格は、年々酷くなり、俺を社会から一層孤立させた。スマホも持てない俺は、ネット上ですら他人との関わりが無い。はっきり言って、完全に時代と逆行している。
そんな事を考えていると、ふと気になる会話が聞こえて来た。
「──おい、見てみろよこれっ! これって犯行声明って奴じゃないのか?」
「マジでっ!? ちょっと見せて──」
自分が見つけましたとアピールする様に、大学生くらいの男達が大袈裟に騒いでいる。すると、周りで聞いていた人達が少しずつ集まり始め、興味深そうに大学生の周りに集まりだした。
「え、ちょっとこれマジか……!」
スマホを覗き込んでいた大学生が、わざとらしく驚きながら呟く。まるで周りに聞かせる為に言っている様な、大きな呟き。しかし、俺にはその声が少し怯え混じりの様に聞こえた。
「えっ!? 私達にもちょっと見せてっ!」
先程SNSに精を出していた女子高生の二人組が、キャッキャッとはしゃぎながら大学生のスマホを横から覗き込む。大学生は得意気にスマホを操作して、女子高生達の前に画面を向けた。暫くの間、彼女達の様子を伺う様に周りを沈黙が包み込む。そして……
「えええーっ!? 何これっ、超ウケるんですけどっ!」
「え……ちょ、ちょっとっとこれヤバくない?」
大笑いする金髪と、若干、笑顔が引きつっている茶髪の女子高生。その様子を見ていたサラリーマンが、続いて大学生に声をかけた。
「すいません。私にもそれ、ちょっと見せて頂けませんか?」
「あっ、いいっすよ!」
大学生が男にスマホの画面を向ける。サラリーマンの肩越しに、自分達も見ようと周りの人達が覗き込む。自然に人集りが出来始め、暫くすると、あちこちで同じ様な光景が出来始めた。人集りのひとつに紛れ込み、俺も同じ様に覗き込む。
覗き込んだスマホの画面には、有名な動画投稿サイトが映し出されていた。犯行声明らしき物は、まるでこのサイトを占拠した様に、トップページ一面にアップロードされていたらしい。投稿された時刻を見ると……ちょうど二時間くらい前。午前十一時頃の様だ。俺が時計を確認していると、動画の再生が始まった。
画面に映し出されたのは、所謂萌えキャラ。薄い青と白が混ざり合う、妖精の様な衣装の女の子。碧髪の短髪をした二次元の美少女だ。割と作り込まれた動画の様で、暫くすると画面の中の美少女が豊かな表情で喋り始めた。
「国民の皆さーん! 僕はフリード。よろしくねー!」
女性の声を模した機械の声。これくらいは俺でも知っている。俗に言う、ボカロの様な声でニッコリ笑う画面の中の少女──フリード。彼女はどこまでも軽い口調のまま、続けて恐ろしい事を口にした。
「早速だけど、これからK市を爆撃しまーす! 一回目の試練です。頑張ってねーっ!」
笑顔で可愛らしく手を振りながら、背景ごと消えていく少女。短い動画はあっさり終わった。
え?
K市?
Y市じゃなくて?
一回目の試練?
本物かどうかも分からない上に、意味までさっぱり分からない。K市は関西の古都で近くに軍事施設も無いし、そもそもY市とは条件が全然違う。俺は、余りに考える材料が無さ過ぎて唖然とした。周りでは動画を見た人達が、嘲笑混じりに話している。
「タイミング的にはバッチリなんだけどなあ……間違えてK市って言っちゃってるのが惜しいね!」
「この娘、可愛いーっ!」
「いや、これ完全にアウトだろ……。幾ら悪戯でも不謹慎過ぎるわ……」
皆、好き勝手な感想を言い合っている。誰一人、本物の犯行声明だとは思ってもいない。完全に悪戯だと決めつけている様だ。まるで、今夜話すネタでも見つけた様に、軽いノリで話す人達。勿論、俺だって信じちゃいない。
何だガセネタかと溜息をつき、歩き出そうとしたその時。またも、あのアナウンサーの声が飛び込んで来た。それも、先程より明らかに動揺した声で……。
「──緊急速報です! 先程、K市がF国の物と思われるミサイルにより爆撃を受けました!」
読んで頂いてありがとうございました。