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その18

 従業員からの知らせで、ミコトたちがフロントに来てみると、生け花は台だけ残って、花と鉢がそっくり消えていた。

「どういうこと? 作品を替える予定だったの?」

「いえ。清流旅館の真大祭に向けた花ということでしたので、西園寺さまが作品を運び込まれたのが数日前でしたかと…」

「西園寺さまというのは、華道家の西園寺昇生さん?」

「はい」


「それで…誰が作品を持ち出したんですか?」

「それが、作業着の男性がお二人で委任状をお持ちになって…」

「委任状?」

「いつもの搬入業者さんではなかったんです。でも、いつもの業者さんが先ほど別件でいらっしゃったので確認しましたら、そのような委任はしていないと…」


「委任状、ありますか?」

「こちらです」

 委任状に記された業者名は「サイオン・イマジカ」となっていた。


  *  *  *


「どういうことかしら? イマジカって聖人おじさまの会社でしょ? うちのおじいちゃまもグループ会社の経営に関わってるわ」メイが首を傾げる。

「聖人おじさんも、悠斗おじさんも電話が通じないって…何かあるよな」ミコトが大きく頷く。

「まさか…」

「ん?」


「真琴おばさまが言ってた、龍おじさまからの依頼って、これなんじゃ…」

「え!」驚くミコト。「そ、そうだとして…龍おじさんたちが私たちの仕事の邪魔をするとは思えないし…」

「邪魔じゃなくて、助けてくれているんじゃないかしら」

「生け花ドロボウで?」


 リュックから朱雀を出し、じっと見つめるメイ。

「朱雀さまはご存じですよね…神さまなんですから」

「お前には教えぬ」

「知らないって」ミコトを見るメイ。

 朱雀が激しく羽をばたつかせる。

 羽の生え際からは青い糸が出てきていたが、ミコトとメイは気づかない。


「メイさん。朱雀さまにも言えないことはあるんだよ」

「じゃあ、よその守護神だけど、白虎さまにお聞きするしかないかしら」

「龍がカケラを取り戻しに行っておる!」

「へえ…」にっこりと微笑むメイ。「詳しくお話をうかがおうかしら」


  *  *  *


 伊勢の奥では、龍、聖人、昇生の三人が参上していた。

 御簾の向こうにいる“内裏方”は、上品ながらも威圧的な声で確認する。


「つまり、昨年、西園寺が奉納した石は、取り違えていたと?」

「はい。西園寺家の石は、亡き我が妹が管理しておりましたが、その家の者が保管庫を動かしてしまったようでして…」ため息交じりに話す龍。

「入れ違ってしまったようです」困惑顔の聖人。

「大変申し訳ございませんでした」頭を下げる昇生。


「では、本来納めるべき石はどこに」

「こちらでございます」

 龍が御簾の下を少し持ち上げ、お盆に乗った石を差し入れると、昇生が言った。

「取り違えていた石は、四辻に預け、祓いの儀式を経てから、暦に従いお納めいたしたく存じます」


「承知いたした。納められていた石は、お返ししよう」

 “内裏方”は、御簾の下をめくり、お盆を差し戻した。

 乗っているのは、巾着に入った別の石だ。

「恐れ入ります」

 龍が頭を下げながら受け取り、お盆の上の巾着を袂に入れた。


「さて、今度こそ間違いのなきよう、本来の石を確認させてもらおう。石宮を呼ぶゆえ、西園寺の“命”は、こちらで待たれよ。

 あとのお二人は…今後の儀式に関わりがない。お引き取りいただいて結構」

「それでは失礼させていただきます」

 龍と聖人は深く頭を下げ、部屋の外へと出て行った。


  *  *  *


 帰りのジェットの中で、聖人が大笑いしている。

「紗由ねえらしいなあ。カケラを伊勢の奥に預けておくなんて」

「一番安全な場所だからな」

「そもそも、カケラを預けた時には石宮に確認させなかったのかなあ」

「紗由のことだ。“石”の一門の実力者を同席させたんだろう」


「奏子ちゃんかな。あの内裏方、彼女の大ファンらしいから」

「かもな。色ボケ爺で助かった」

「聞いてなかったのか、龍にい」

「奏子は…記憶を封じられたのかもしれない。黙っておいてくれないか」

「…わかった」


「さてと…」龍が袂から巾着を取り出しながら言う。「これをどうやってミコトに渡すかだな」

「依り代のほうもあるしなあ」ふーっと息を吐く聖人。

「朱雀さまと玄武さまに、今しばらく我慢していただくしかあるまい」


「それに何よりの問題は、あの二人が高橋悠斗邸を訪れるかどうかだ」聖人が言う。

「悠斗くんがカケラを持たせて寄越したから、もう用済みと思うよな、普通は」

「何かする気かい」

「翔太が残した楽しい仕掛けを披露だよ」

 龍は楽しそうに笑った。


  *  *  *



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