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 王都から少し外れた町、リノザ。

 王都ほど賑やかで活気があるわけでもないが、あまり騒がしいのが好みでない、ある程度金銭的に余裕のある人々が住まう町である。

 治安も良く、生活必需品はもちろん、ちょっとした嗜好品も揃うほどの店が何軒かある。


 そのうちの一つで、町唯一の洋菓子店『ハトリ』は王都にあるスイーツ店のような煌びやかな店ではないものの、素朴で優しい味が売りの店である。



 カランカラン



 「いらっしゃいませ」



 (…またあの人だ)



 『ハトリ』でアルバイトをしているクレハは、来店した客に目を向けた。


 柔らかな少しウエーブを描いた金髪に、美しい青色の瞳を持った青年だ。

 顔は恐ろしいほど整っていて、所作も美しく、きっとどこかの貴族なのだろう。


 庶民派な洋菓子店に、しかも男性一人でというのは珍しい。

 さらに彼の身長は190センチほどあり、163センチのクレハから見ると少し怖い。


 店内に入ってすぐのガラスケースを見た彼は無表情で、少し間を置いてから口を開いた。



 「……本日のおすすめは?」

 「苺とブルーベリーのタルトです」

 「ではそれとコーヒーで」

 「かしこまりました。あちらのお席で少々お待ちください」



 相変わらずなんの感情も見せない客相手に、クレハは愛想笑いを一つも動かさなかった。

 この店ではテイクアウトしていく客が多いが、買ってすぐに食べれるスペースを少し設けてあるので、そこを指す。

 といってもこの流れ、月に三回は行われているのだが。


 ガラスケースからタルトを取り出す前に、先にコーヒーを入れる。洋菓子店だが、一応ここで食べる客のためにいくつか飲み物は用意してあるのだ。


 この客はいつもおすすめを聞いてそれとコーヒーを注文する。

 ちなみに先ほどいった月三回のペースで、ここ半年くらいは通っていた。


 コーヒーを入れ終わったクレハはトレーにそれとタルトを乗せ、客が待っている席に向かう。



 「お待たせしました。苺とブルーベリーのタルトとコーヒーになります」



 砂糖とシロップはもともとテーブルの上に置いてあるので、あいた手で持っていたミルクピッチャーも出す。



 (このお客様、意外と苦いもの駄目なんだよね…)



 最初は勝手な思い込みで、ブラックが好きなのだろうとミルクは出さなかったが、ブラックを飲んでものすごく苦そうな顔をしていた。その時クレハは、それを見て慌ててミルクを出したのだ。

 そして結構な量を入れていた。砂糖とミルクは絶対に欠かせないようだ。

 人を見た目で判断してはいけないない。



 「あの」

 「えっ?」


 

 元の場所に戻ろうとしたその時だった。

 いつも何も言わずに、出されたものをだまって何の感情もなく(コーヒーの時以外)食べる彼が声をかけた。



 「…閉店時間って何時ですか」

 「へっ…閉店時間ですか?19時になります」

 「そうですか」



 用が済んだのか、すぐに食べ始めた。

 疑問はあるが、いつまでもここにいても仕方がないので、ガラスケースの後ろに戻る。


 (次は夕方に来るってことかな…それとも閉店時間までここにいるってこと?…いやいや、それはないない)


 客がほかにいないので、さっきの閉店時間発言の意図を考える。

 だいたいいつもこの客はお昼の2時から3時ごろに来て40分ほどで帰っていく。ここ半年でこの時間帯以外に来たことは無いのだが…。


 ほかの客が相手ならここまで推測はしなかった。この客があまりにもほかの人と比べて違うからだろう。













 「クレハ、ちょっとお店頼むわね」

 「えっ?はい…!」



 いきなり奥の調理場から出てきた女性は、『ハトリ』を営んでいるライラだ。

 三十代後半の金色の瞳が印象的な活気のある女性だ。



 「ふふっぼーとして。珍しいわね。ホナさんの娘さんが今日七歳のお誕生日だから、ケーキ届けて来るわ」

 「わかりました」



 ホナさんとはこの近くに住む二十代半ばの女性だ。娘のサナとよく一緒にこの店に来る。


 ライラはケーキを持ってカランカランとドアを鳴らし出て行った。

 彼女の明るい茶髪でふわふわとしたボブヘアーは直毛のクレハには憧れだった。



 ライラの夫であり『ハトリ』のもう一人の経営者であるロイは、今日は王都の市場まで新商品のため珍しい果物を買いに行っているのでいない。

 客も来ず、しばらくガラスケースの隣にあるレジで今日の売れ行きのことを考えていると、店内唯一の客が立ち上がった。



 「お会計を」

 「はい」



 レジの前に立った青年にコーヒーとケーキ代を言う。

 彼が入店してから20分ほど。いつもは本を読みながらゆっくりとケーキを食べるのに、そういえば今日は読んでいない。


 会計がすみ、いつも通りの挨拶をする。



 「ありがとうございました」

 「…また来ます」






     ❁   ❁   ❁






 「ただいま」

 「おかえりなさい」

 「あら、おかえりなさい。いいの買えたかしら?」

 「ああ、南の地方の果物が買えたよ」



 閉店時間間際に、クレハはテーブルの整理。ライラはケーキの在庫を確認していた。

 そこに王都から帰ってきたロイが裏門から調理場を通り、店内に現れた。



 「次の新商品が楽しみね」



 ロイは優しい性格の男性だ。年はライラと同い年。活動的ではつらつとした、年より若く見えるライラとは違い、落ち着いてゆったりとしている。

 そんな対極な二人だが、この二人の人柄もこの店が人々に愛されている理由かもしれない。





 カランカラン


 突然、ドアが開いた。

 こんな閉店間際に誰だろうと視線がドアに集まる。


 「いらっしゃいませ…?」



 そこにいたのは、昼間いた青年だった。

 きょろきょろと店内を見回し、ほかに客がいないのを確認すると彼は大きな花束を抱え、クレハの方に向かった。






 「結婚を前提にお付き合いしてください」

 











 「えっ…?」




 











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