〜木苺の終わる季節に〜
「明日はこないだ作ったジャムを持ってこようかな?」
夕陽を見上げ、赤ずきんはわざと大声で言ってみる。
「木苺のジャムか。美味しそうだな。にしても、今日も赤ずきんが来た。いつ見ても可愛いな。」
ピヨ助が頭上で静かにしている事もわからない程、赤ずきんの声に聞きいっている。
ピヨ助はまたもや呆れたようにしている。
「そこの木の下に置いておこうかしら。日が南に来るまでに、置いておく事にするわ。」
「明日が楽しみだな。」
赤ずきんと狼は毎日ここに来ては、半日を過ごす。相変わらず、森には笑い声が響く。
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「木苺のジャム!」
次の日の昼、いつもの木陰にジャムが置いてあった。狼は赤ずきんに会わないように、あえて遅くやってきた。巣にいた時は、会えない時間が辛くてたまらなかったが、今は嬉しくて仕方がない。
ジャムを手に持ち、少し食べてみる。
「…甘っ‼︎…でも、美味しい!嬉しい!ありがとう!」
「喜んでくれたかしら。」
「よし、俺決めた。赤ずきんの為なら、どんな大切なものもいらない。なにがあっても、命をかけて守ってみせる!」
「よっと。この分だと数日は来れなくなるかもしれないわね。」
木陰から立ち、赤ずきんはスカートを叩く。
「あれ?俺の一番大切なものって、赤ずきん?いやいやそんな事。」
「さようなら。」
自問自答しているオオカミの話が聞こえなかった赤ずきんは、大きな声で挨拶をして森に手を振りその場を離れる。
「さようなら。明日はたくさん伝えなきゃならない事があるな。」
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「これを見れば来てくれるかな?」
カサカサ…
道に通じる木が揺れる。
「あっ、赤ずきんだ。」
「おはよう!あれ?これは…『五日後、ここから少し行ったところにある、大きな樹の下へ来てください。こないだのジャムのお礼がしたいんです』?お礼ってなにかしら。」
地面に書かれた文字を読み、考えながらあたりを歩く。
「あっ!本だわ。あれ、何か挟んである。」
赤ずきんは『赤ずきんちゃん』の本を手に取る。
「あ、これは。『呪いを解く方法を見つけました。僕たちが会わなかった嫌な予感の原因はこれです』読んでおこう。私、読むわ!私、行くわ!必ず!でも私、しばらくはここに来れないの。おばあちゃんの足が良くなるまで。」
おばあちゃんは、おとといやっと、立てるようになった。赤ずきんはおばあちゃんにもっと良くなってもらおうと、リハビリを手伝う事にしたのだ。
「でも、五日後はちゃんと行くから。」
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「おばあちゃん、ただいま。立たないで。」
ドアを閉め、迎えに来ようとするおばあちゃんを、慌てて止める。
「赤ずきん。ありがとう。でもいいんだよ?私だってそんなに足が悪いわけじゃないんだから。」
「でもおばあちゃん、すぐ無理するでしょ。ここ数日、私ずっと家にいるからね?」
「やめなさいよ。赤ずきんたら、最近去年に比べて随分と顔色がいいじゃない。森で何かあったんでしょう?」
図星だ。自分でも思ってる。おばあちゃんは勘がいい。年の功だって言うけど、とにかくすごい。
そのおかげで紅くなりそうな頰を、両手で押さえる。
「そ、そんな事ないわよ。彼にはもう言っておいたわ。それに五日後には約束があって行くのよ。大丈夫。気にしないで。」
「彼、ね。恋なんでしょ?」
「やめてよ。」
これはきっと恋だ。彼の声が次々に、頭に響く。彼の後ろ姿がまぶたに浮かぶ。幸せだ。幸せなんだ。
でも怖い。そうだよと、紹介したいところだが、彼は狼だし、おばあちゃんも本の呪いに関係している。だからできない。
相談できたら楽なのに。
「ふー」
もう紅くなった顔を押さえて、夕食を作る用意をする。
エプロンを着ている赤ずきんを、おばあさんはベッドに横たわり、眺める。すっかり綺麗になって。恋なんて懐かしいわ。と、思い出に浸る。